王子はお祭りにいけない1
初めに感じたのは、腹部のからの熱だった。
周りの音はぐわんぐわんと聞き取れない騒音で、景色も俯せに倒れた所為か地面と人の足しか見えない。
誰かに仰向けにされたが分からず、突如襲ってきた猛烈な痛みで、自分が刺されたのだと認識できた。
叫んで痛みを緩和させたいのに、喉から出てくるのは大量の血だけで、呼吸も満足にできない。
痛いのと苦しいのと暑いのに寒気があるのと、ごちゃごちゃした状態で、気持ちはゆっくりと冷静になっていた。
そして思うのは、約束を守れなかった相手たちに対する、申し訳ないということばかりだった。
自分は助かるだろうか。無理かもしれない。
眠気が強くなってきてからは、考えるのもどうでもよくなり、意識は暗闇の中に沈んでいた。
その日は年に2度ある国の豊穣祭で、城下町は大いに賑わっていた。
特に、今年は恵まれた気候のおかげで豊作が続き、世の中の情勢を一時忘れて、昼間から酒を飲み始めても誰も咎める者がいないほど、活気のある祝いの日であった。
そんな素敵な日を待ち望んでいた若者がいた。
このフルムベル王国の第4王子である、ルーテシアン・カルア・フルムベルである。
城のテラスから城下を見下ろす表情は明るく、城下の祭りを自分も楽しもうと、いつ走りだしてもおかしくない様子である。
しかし、それは無理なことだと思い直し、三つ編みにして前に垂らした長い青銀の髪をいじりながら、城下からゆっくりと視線を外した。
「ルーテ。ここにいたのかい」
「兄上」
テラスがあるこの部屋は、城下町を見渡せる数少ない場所であるのだが、城にいる者のたちの間ではあまり知られていない秘密の場所でもあった。
そんな隠れた場所を好んで、入り浸っているのを知っているのは、彼をルーテと愛称で呼ぶ家族と、ごく限られた者だけである。
いつの間に部屋に入ってきたのだろうと、驚いた表情を浮かべながら扉の方を向けば、この国の第1王子であり、ルーテの敬愛する6歳上の兄イクシスであった。
ルーテより色の濃い藍色の髪は短く、精悍な顔立ちと鍛えられた身体が彼の男らしさを際立たせている。
反対にもうすぐ14歳となり成長期を迎えてもおかしくない年頃なのに、背は伸びず、体の線も細く、髪も長いせいで、女性と間違われてる時もある、幼い顔立ちである。
ちなみに他の兄弟たちは、順調に成長期を迎え、イクシスのように鍛えられた体をしている。
兄弟なのになぜ自分だけ、と自分との差異を見せつけられたようで、祭りに行けない寂しさと合わさりさらに落ち込むルーテであった。
「暗いな。そんなに祭りに行きたかったのか?」
「……そういうわけではありませんが。あの子たちと約束をしていたので、怒ってないといいなと考えていました」
実は兄を見て嫉妬していたからですとも言えず、先ほどまで考えていた最初に落ち込んだ理由を正直に話した。
ルーテは第4王子のうえにまだ若く、政務にかかわらないため、いろいろと自由の利く位置にいる。そのため、慈善事業などで、城下にある孤児院に訪れ子供たちと交流を図っている。
あの子たちというのは、その孤児院いにいる子供たちで、豊穣祭の出店を一緒に見る約束をしていたのである。
約束した当初は、少しの時間なら取れるだろうと考えていたのだが、日が近づくにつれそんなことを思っていられない状況になってしまっていた。
このブルムント王国は現在、危うい立場に追い込まれている。というのも、ブルムント王国は北に広大な山に山脈が聳え立ち、そこには希少な種族である、竜が棲んでいる。
竜は、この世界では当たり前のように存在する精気を大量に蓄えているのだ。
精気はあらゆる生命の力の源であり、あらゆる現象ー魔法ーを起こすための魔力でもある。
近年、この精気が世界的に減少しているらしい。精気の研究機関が発した内容だが、その兆候たる現象も数多く報告されている。
そして、いずれは精気が枯渇することを恐れた機関が、竜を天華ー竜を殺すことーさせその身に蓄えられている精気を世界に昇華するべきだと唱えたのである。
各国は希少な竜を殺すことを是とし、これに乗り出た。
北の山脈の竜たちも狙われ、ブルムント王国は南と東西の国々から竜を差し出すよう要請がされ、受け入れない場合は、武力行使も持さないと脅迫されたのである。
しかし、北の竜たちと良好な関係を築いていたブルムントは要請をはねのけ、竜を守護する立場を明確にしたのである。
各国は返答を受け、数度に亘り武力行使に乗り出すも、悉く失敗に終わっている。
ブルムントは竜の棲み処を守る地であるだけに、精気が満ち溢れ、ブルムント兵の魔法による守りは強く、竜自らもブルムントを守護するかの如く、他国の兵を退けるため猛威を振るっていたためである。
攻めるのを止めない周辺諸国と、守り続けるブルムント王国の争いはすでに数年が経過していた。
ブルムント王国の豊穣祭も、収穫が思わしくない事と戦時下ということで、本来ならは自粛を検討するところなのだが、今年の豊作と国王の願いにより開催する運びとなったのである。
しかし、他国の侵略について予断を許さない状態で、よくない噂がが広がり、何かあってはいけないということで、国王をはじめ王族は城からの外出は認められず、場内でも警護の者を傍につけた状態の、生活が続いていたのである。
それは、第4王子のルーテも該当していた。