わたしとセンパイ
わたしの名は猫屋敷温。(ネコヤシキハル)
由来は猫が好きだから。温いのが好きだから。
書いている小説は、思い切りフィクションである。写真はノンフィクションだ。当たり前だ。
歳はというと、平成が終わると共にわたしの20代も終わりを告げた。
若い頃はキャバクラ、ホステス…風水渡り歩き様々な経験をしてきた。
だからか、自分で言うのもなんだが、幼い顔をしている割に、中身が荒んでいるのはそのせいか。
趣味は写真だ。写真はおもしろい。いつだって真実を写してくれる。被写体の、影も光も、過去も未来も、全部全部写してくれる。
写真はわたしに語りかける。そっと、そっと。彼ら、彼女らの、心の内を。レンズを、ミラーを、シャッターを、ペンタプリズムを、それらの構造を通して。それはさながら、被写体の心をこっそりと覗き見しているようで、悪趣味なわたしには大変に心地が良いのだ。
そんな悪趣味なわたし、実生活のところは、営業が得意で、軽やかな笑顔の絶えない、天使のような赤子のような、純真無垢な女を演じている。
これがまた、面白いことに皆一様に真面目に信じるのだった。
そんな中、蒲田のキャバクラ勤めをしていた頃、中原中也をきっかけに仲良くなった同じ高校の先輩がいる。プロフィールにも載せている、このサムネイル写真の被写体にもなっている秋貞氏だ。
秋貞氏は5、6年前か。偶然、秋貞氏の先輩がわたしの勤め先のキャバクラの常連客で、秋貞氏はその常連客の元バイト先の後輩であった。
厭厭ながらキャバクラというものに、産まれて初めて入った秋貞氏の隣に、これまた偶然座ったのがわたしであった。
煌びやかなドレスを身に纏い、自己紹介をするわたし。安酒のうっすい水割りを作ってやると、それをカラカラと弄びながら目線も合わせずに気の無い返事をする秋貞氏。
「趣味は?」「読書かな、最近は小説書いたりしてるよ」「そうなんだ、どんなの書くんですか?」「んー、たぶん言ってもわかんないと思うよ」
そう言って軽く笑い声を漏らす秋貞氏。
「へー、わたし、大正浪漫とか、好きなんですよ」「え、そうなの?」あ、初めて目が合った。
「うん、今はこんな服とか着てるけど、実は学生時代は本の虫って呼ばれてて、ふふっ」「あと、ドイツ文学が凄く好きなんですよ、だから、大学時代の語学はドイツ語専攻してました」
「え…あ、そうなんだ…え、日本の作家で好きな作家は?」「わたし、現代文学だったら、中原中也の詩がすごく好きで」「え?!中原中也って、あの、中原中也?!詩人の?」あ、やっとこっちをちゃんと見てくれた。ここに座ってからもう既に15分は経っただろうか。そろそろ会計の時間か。秋貞氏はと言うと、わたしが中原中也の名前を出して、そこで初めてわたしのことをまじまじと見つめた。なんだかとても不思議そうな目をしていたのが印象的だった。
「へえ…中原中也、好きなんだ、俺も好きだよ、中原中也」「ふふ、いいですよね、わたし、中学の時、教科書に載っていたサーカスを読んで、それで、」「へえ!凄い!」「あの、退廃的な雰囲気がいいんだよね」そんなふうに、わたしたちは繋がった。
それから、文学トークは朝まで尽きず、店が閉まるまでお喋りは止まらなかった。先輩が、「おまえ、どうしちゃったんだよ、あんなに乗り気じゃなかったのに…俺もう金ねえよ?おまえ、少し出せよ!」と言っていたのを覚えている。それから、太宰治のポートレートで有名な「ルパン」へ行く約束をして、そしてわたしが高校時代に愛読していた長野まゆみをお勧めして、その夜は別れた。
そんな風にして出会ったわたしと秋貞氏。そんな秋貞氏に触発された根っからの文学少女だったわたしは、齢30にして産まれて初めて小説を書いてみることと相成った。
なかなか面白い小説を書けるように頑張りたい所存である。