Ⅰ
春の四月が過ぎ、ゴールデンウィークが終わった五月の上旬。
少しずつ、桜の花びらも散っていき、梅雨へとどんどん進んでいった。
入学して一ヶ月、SF映画にでも入ったような出来事が次から次へと起こり、一つの大きな転機が終えると、その超常現象は無かったかのように安心感が芽生え始めた頃だった。いや、未だに現状は逆転していない。この世界が狂ったのは、まだ現実である。戻っていない。普通の日常が戻っていない。
なんだかんだで、時間が過ぎて行くのは早い。
小学生は長いと感じ、中学生は早くなり、高校生は短いと感じる。では、大学生になるとどういう感情があるのだろうか。
俺はそんな事を授業中にも関わらず考えていた。
世界は自分を中心に回っている。
それはただの錯覚だ。世界の中心なんて一体どこにあるのだろうか。
もしかすると、あの部室なのかもしれない。
仮にそうだとしたら、世界の中心はすぐそこにあるのだ。
だが−−
俺の周りは、変な奴らばかりだ。氷姫に暴れ姫、優男、小柄な美少女先輩、眼鏡先輩。こんな変人の巣窟の中に俺がいる。
もし、元の世界に戻る事があったとしても、俺は再びこの場所に足を踏み入れることになるのだろう。
俺は、ちらっと列の最前にいる少女を見る。
この前とは見違えるほどに静かに授業を受け、相変わらず他人から話しかけられもしない女だ。今までと変わらない。少なくとも少しは変わっていると俺は思っている。
× × ×
ゆらり揺られて、いつもの南校舎四階にあるその部室へと足を踏み入れる。俺よりも早く他の奴らもこの部室に集まっていた。
一ヶ月前よりも部室は、私物化されており、テレビやゲーム機、本など個人の私物が多く置かれていた。
俺は元々からこの部室に置いてあるパソコンの前に座り、起動させる。
「ん?」
俺は違和感を覚えた。画面が明るくならないのだ。
「これは……」
俺は息を呑む。このパターンは九十九パーセントの確率で、誰かトークから見ている神様的な人からの連絡だ。
画面に文字が表示されて行く。
X:タイムトラベルという言葉を知っているか?
『ああ。時間旅行やタイムスリップのことだろ?』
俺は、その問いに答える。
X:そう。タイムトラベルは、科学的な立場から多くの問題点とされ、今の科学では証明できない。そもそも過去と未来の対称、時間の流れを多くの人間が仮説としてあげているが、もし、本当にあるとするならば、人は夢が叶うと言ってもいいだろう。フィクションとは、一般的なものである。
『それで何が言いたい?』
俺が相手の言葉を目で読み、すぐに打ち返す。
X:過去の物語は実にいいものだ。未来よりも過去に興味がある。時間が戻らず進んでいく。タイムトラベルは過去を知るためのものである。
そう言い終えると、通信は途絶えた。
タイムトラベルねぇ。まさか、今度は過去に行っちゃうって事はないよな。いやー、まさか、そんなはずがある訳が無い。この世界で起こる分には驚くというか、当たり前になりそうになるが、本当にタイムスリップしてしまったらどうすることもできない。
しかし、あの通信はそれだけでは終わっていなかった。
よく見ると、最後の行の右隅に何か書かれてある。
−−MJAH−−
なんだ。このアルファベットは聞いた事がない。
「うっ……」
と、うめき声が聞こえてきた。
声をあげたのは、真壁先輩だ。何が起こった。毒でも盛られたのか。いや、真壁先輩は何も食べていない。じゃあ、どうして体を苦しそうにしている。
「先輩、どうしたんですか?」
「いや……体が急に痛くなって……」
先輩は苦しそうに体を丸め、心臓を抑えている。
「真田君!」
不破が声を上げて、俺を読んだ。綾瀬もまた、同じような状況になっている。
「うっ……あっ……」
二人とも心臓を抑え、体から体熱が蒸発した湯気を出している。もしかすると、これは次なる事件の可能性が高い。そうなると、さっきの意味は−−
俺は、さっきのやりとりの事を思い出す。
「まさか、さっきの通信は!」
俺はすぐにパソコンのキーボードを打ち込むが、画面はいつの間に関わっていた。
「くそっ!」
テーブルを思いっきり叩く。
「真田君、さっき何を見ていたの?」
氷童が俺を見て訊いてくる。分かっている。分かっていた事なんだ。だが、その事に何も気づけなかった。
そして、二人の体は異常な湯気に包まれて、姿が見えなくなった。
MJAH。
これは二人の性と名の頭文字を示していた。俺は、そこまで頭が回らなかった。いや、タイムトラベルという事は、時間を過去に戻ることではない。仮説だと、二人はもしかして、体が今−−
問:タイムトラベルというものは?
答:過去に戻るもの
時間が少し経過した後、信じられない光景を目の当たりにしていた。
二人は二人であって、現在の二人ではない。それはどういう意味なのか。見てみればはっきりと分かることである。
二人が姿を現し、よく見てみると、制服が大きくなったのか、二人の体は縮んでいたのだ。
「嘘だろ……」
俺は久々に驚いた。人間の成長が過去に戻るなんて、どこかで見た漫画のやつと似ている。アレは、薬を飲んだからか。今はそんなのどうだっていい。
「これはこれは、今度は二人に災いが及んだようですね」
不破は顎に手を置きながら頷く。
「そのようね。これは私たちよりも酷すぎるわ」
氷童もそれを見て驚く。