Ⅵ
「まあ、お前がいいって言うならやるしかないが……。どこでする気だ?」
「部室よ」
「は? 今じゃねぇーのかよ」
「当たり前よ。今は掃除、後でも逃げやしないわよ」
氷童が言った。
「分かったよ。それならなるべく早く部室に行った方がいいな。他の四人が来たらどうもこうもない。それは分かっているよな」
「ええ、分かっているわ。特に綾瀬さんだけは、私、苦手というか、噛み合わないと思うの」
それは最初から分かっている。どう見ても根本的に違うからなぁ。お前が氷姫と呼ばれているならば、俺は彼女に暴れ馬ならぬ暴れ姫とで名付けよう。その方がしっくりとくる。暴れ馬は、調教するのが難しい。つまりは、自由行動や発想力がやばすぎるのだ。
「それじゃあ、放課後、すぐに部室に行くぞ」
「うん……」
俺たちはそこからすぐ近くの掃除場で掃除をし、午後の授業を受けた。五限目が終わり、六限目が終わる頃には、太陽が西の空へと徐々に沈み始めている頃だった。俺と氷童は、すぐに部室へと向かった。部室には、誰もいなかった。どうやら他の教室は、まだ終わっていないらしい。
俺たち二人は荷物を置き、夕方の窓をバックに俺と氷童は互いに向き合う。
この狭い空間の中、外で練習している部活動生の声が聞こえてくる。
こうして面と向かって顔を見つめるのは初めてだろうか。心臓の鼓動が速くなる。
「い、いいか?」
俺が訊く。
「ええ……」
顔が近づき、唇と唇が重なるまで後一センチまで迫った所で−−
「たっのっもー。悪いことをしている奴はいねーかー」
と、運悪く、タイミング悪く、この部屋に入ってきたのは誰もがこの一言でわかる声の持ち主、綾瀬だった。いやいや、このタイミングで来るなよと俺は思った。
そして、彼女が入ってきたおかげで、俺たちは互いに額と額を思いっきりぶつけ合って、痛みが響いた。
「−−っ!」
俺は頭を押さえた。痛みの反動が思っていたよりも痛くて、しゃがみ込み、両手で押さえて痛みを押さえようと必死になる。氷童も同じような行動を取っていた。
「二人とも何してんの?」
と、綾瀬が何も知らずに訊いてくる。
「い、いや、何も……。ちょっと、目にゴミでも入ってな……」
俺がそう答えると、綾瀬は疑わしい目で俺を見てくる。
「本当にそうなの? なんだか、怪しいわね?」
じっとこちらを見てくる。鋭い。彼女の危機察知能力が、反応しているのだろう。
「ま、いいわ。どうせ、私が見てないと面白くないしね……」
と、綾瀬は荷物を置いて本(漫画)を読み始めるのだ。危ない、危ない。これで目撃現場を見られた日には、学校中に広まっていただろう。俺の人生がゲームオーバーとなっていたのかもしれない。
それからは、何事もなく、ただ時間が過ぎて行くだけだった。それぞれが自分のやりたい事をやりながら、下校時間一時間前に解散となる。氷童は用事があるらしく、先に家に帰った。また、この姿で明日も過ごすのかと思った俺は、考えるだけで頭が痛くなった。
家に帰り、何もする事がなく課題を暇つぶしに解く。どうしたら自分の体に戻れるのか。出口が見つからない。出口のないRPGをやっているほど、途中で投げ出してしまうのだ。
「疲れた……」
ボーッとしているだけで時間が過ぎていた。時刻は午後の十一時五十分。
「寝るか……」
ボサボサの髪は、綺麗にセットしないで俺はベットの上で安らかに眠る。
バサッ。
俺は勢いよく目を覚まして飛び起きた。
「う、嘘だろ……」
自分の身に起きたことに驚いていた。起きると、自分の体に戻っていたのだ。
驚いた。たった一日で元に戻れるとは思ってもいなかった。どうして戻れたのか。自分でも記憶にない。なぜ、元に戻れたのかも分からない。
「マジかよ……」
ようやく肩の荷が降りた気がした。
一体、昨日は本当に夢だったのか。現実だったのか。どうでもいい。人の体にいるよりか、自分の体が一番いいと改めて思った。
放課後−−
「あれは一体、何だったんだ?」
「さあ、ただの感覚違いだったんじゃないかしら?」
「いや、それはないだろ」
部室には、俺と氷童しかいなかった。
思えば、この部が発足してから俺たちは毎日のようにこの場所に足を踏み入れるようになっている。
もしかして、ここは居心地がいいのか?
まさか。
俺が思っていたとしても、氷童が思っているはずがないよな。
この先の行方が不安になってきた。