Ⅴ
そこで推理をすると、『A.H』はおそらく誰かの名前。『PM5:30』は犯行時間を表している。つまりは今日、どこかで、午後五時半頃に『A.H』という人物を殺します。そう言っているのだ。しかしこの頭文字はどこかで見たことがある。いや、つい最近、見たことがあるのだ。そう、あれはこの前の部室のパソコンに届いた頭文字の一つ。つまり、これは綾瀬日菜を殺害する。そう言っているのだ。
そんな推理をしながら俺は、この事を誰も話さずにいた。いや、話すことができなかったのだ。
俺は授業が終わると、その時刻になるまで部室へと足を運んだ。時間までには十分にある。それまでに対策を練って、綾瀬の居所を把握し、犯行さん十分前になったら行動に移す。完璧な計画だ。一体、どこの誰がこいつを殺そうとしているのか。Xという可能性も高いが、今まで、こう言った犯行まではいかなかった。他の誰か、と考えるとそれも0ではないと言い切れない。操られている可能性もあるにはある。
部室には、一ノ瀬さん、真壁先輩、不破、氷童がいた。
「こんにちは、真田君」
一ノ瀬さんが、座りながら軽く挨拶をしてくれる。あまり、上級生とは交流がないため、新鮮な感じがする。後輩だと言っても怪しまれないだろう。
「あ、こんにちは」
俺は挨拶を返す。
「今日は遅かったですね。何かあったんですか?」
不破が俺の様子を見て、聞いてきた。
「いや、何もない。少し、用事があってだな……」
俺はとっさの嘘をついた。おそらく、おおよそ気づいているかもしれない。俺は座り、バッグの中からスマホを取り出し、何かを調べながら時間を一々気にしていた。
「あなた、体育の時間が終わった後、何か受け取っていたわよね?」
隣で本を読んでいる氷童が小声で話しかけてきた。
「あ? 見ていたのか?」
「ええ、あなたが難しい顔をしていたからよく覚えているわ」
「ま、近くで着替えていたらそりゃあ見えるわ。ま、気にするような内容じゃないしな」
「嘘おっしゃい。また、変なことが書かれていたんでしょ。命だけには気をつけておきなさいよ」
「ああ、出来るだけ無事に帰ってくるように努力する」
氷童は一度もこっちを向かなかった。
時間が刻々と近づいてくる。その度に心臓の鼓動が早くなりつつある。早く来い、早く来い、と言っているようだ。
時間の三十分前になるとバッグを背負い、俺は誰よりも先に部室を後にした。
まずは綾瀬の在籍している一年四組を訪れる。教室の中の方を覗くと、綾瀬は他の生徒と楽しそうにおしゃべりをしていた。まだ、安心してもいい。そうした俺は、荷物を自分のクラスにおいて、貴重品だけズボンのポケットの中に入れると、一度、トイレに向かった。
ここからは無期限耐久時間レースになるのかもしれない。
俺はトイレを済ませると、時間になるまで四組の見える廊下でずっと向こうの様子をずっと窺っていた。
時刻は午後五時二十八分−−
その間に教室から出て行ったのは、残っていた綾瀬を除いて全員がいない。つまりは彼女一人だけが教室にいるのだ。
「よっ」
俺は軽々しく、綾瀬に声をかけて教室に入ってきた。
「あんた、何をしにきたのよ」
「ま、お前に用があってな」
「私に?」
綾瀬は、俺の方を睨みつける。そんなに俺と二人でいるのが嫌なのか? まあ、それは気にしない。
すると、そこには驚くべきなのか。驚かざるべきなのか。意外な人物が、俺たちのいる教室に入ってきた。
「あなたたち、何をしているの?」
その人物は綾瀬の担任であり、俺の数学の担当教師でもある浦部智美が教卓の前に立った。
動きやすそうな女性のファッション服を着ており、凶器をどこに隠していてもおかしくない格好だ。まず、教師がこの時間帯に教室にいること自体がおかしい。
浦部は、女子バレーボール部の顧問であり、この時間は体育館でバレーの指導をしているはずなのだ。バレー部には休みはない。だから、私服でここにいること自体がおかしい。
俺は綾瀬の前に立ち、警戒態勢をとる。
「ただ、話をしているだけですよ」
俺はそう答える。
「先生ですか?」
「何を?」
声のトーンが少し違って聞こえた。今の受け答えは怪しい。
「質問を変えましょう。何をしにここに来たのですか?」
ここで質問を変えていき、自分が確信を持てるまで気を緩めない。