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02

「お姉ちゃん!」


 今の今まで黙っていたドリスが城の出口に近づいたところで声をあげた。エルザは不思議な面持ちでドリスを見る。


「なんで用事なんて嘘ついたの? 彼のお見舞いに来たんでしょ?」


 エルザの言い分に、あの場でとっさに物申そうとしたドリスだが、エルザになにか考えがあっての行動なのだと思い至り、間に入りはしなかった。


「私じゃなくて見舞うべき人がここにいたからもういいのよ」


 エルザは茶目っ気交じりに答える。ドリスは当然、納得できない。ただ、セシリアと知り合いになった身としては、完全にエルザの味方だけもできない複雑さもあった。


『誰よりも幸せになって欲しいんです。そのために私ができることならなんでもしたいって思える人ですよ』


 あのときは、セシリアの言い分にドリスは諦めるのが前提だと苦笑した。でも別の角度から考えると、自分の気持ちが報われるよりも相手の幸せを願えるのは、強い想いがあるからだ。


 エルザは軽く目を伏せて、ルディガーとの会話を思い出す。


『私があなたにずっと会いたかったのは、謝りたかったからなの』


 セシリアと共にドリスを訪れたあの日、ルディガーはエルザに誘われ、家の周りを歩き始めた。そして裏手に回りかけたときに、エルザがふと切り出したのだ。


 突然の話題にルディガーは目を丸くする。エルザは悲しそうに笑って続けた。


『親友を亡くしたルディガーが無理をしているって、なんとなく感じていたわ。でも、私は怖くてあなたに踏み込めなかった。大丈夫そうに振る舞うあなたに甘えていたの』


 戦で親友を亡くし戻って来たとき、怖いくらいいつも通りを貫こうとするルディガーに、エルザは彼の本心に触れようとはせず、ルディガーは強い人間だから大丈夫だと自分に言い聞かせ納得していた。


 弱音を吐いてくれるなら受け止める気はある。でも、彼はそれをしなかった。


 そんな中、ルディガーはベティにセシリアが帰って来ない旨を告げられると、自分を置いてさっさと彼女を探しに行ってしまった。


 余裕のある彼の表情が一瞬で必死なものになり、それが腹立たしくもあった。彼女は彼にとって親友の妹で、師匠の娘であり、ルディガーがセシリアを可愛がるのは当然だ。


 とはいえ、それはあくまでも妹としてで婚約者は自分だ。そうやって矜持を保っていた。


 なのに、セシリアを探しに行って戻ってきたルディガーは憑き物が落ちたかのような顔をしていた。同じ笑っていてもセシリアに向ける笑顔は一段と穏やかで、特別な気がした。


 ああ、彼女は彼にちゃんと向き合ったんだ。彼の奥底に仕舞ってある部分に手を伸ばしたんだ。


 そこではっきりと嫉妬を自覚した。妹のようだと言い聞かせていたのはルディガーではなくエルザ自身だったらしい。


 それらの複雑な感情が合わさり、わざとあてつけるようなことを口にした。彼女も当時は十七歳で、賢く立ち回る術を持ち合わせていなかった。


“ルディガーがセシリアちゃんを気にするのも理解しているわ。後ろめたさでそばにいてあげないとって思う気持ちも”


『後ろめたさであなたがセシリアちゃんのそばにいるわけじゃないのもわかっていたわ。でも、認められなくてあのときはああいうふうにしか言えなかった』


 懺悔するかのごとくエルザは綺麗な顔を歪めて声にしていく。


『あんな別れ方をして後悔していたの。ごめんなさい、あなたの支えになってあげられなくて……』


 弱くなる言葉尻にルディガーはきっぱりと言い切る。


『謝らなくていい。それを言うなら、俺も謝るべきだ。君の申し出に曖昧な言い方で返して、長年の関係を終わりにしたことを、申し訳なく思っている』


 ルディガーは改めて真正面からエルザを見つめた。


『ごめん、エルザ。あのときは、まだ自覚していなかった。でも俺がそばに置いて、必要としているのは……命をかけて守っていきたい存在は君じゃないんだ』


 ショックではないと言えば嘘になるが、エルザの胸につかえていたものが取れて晴れやかになっていくのも事実だ。


『君の幸せを心から祈っている。昔も今も、この気持ちに偽りはない』


『……うん。ありがとう』


 やっとルディガーの本音が聞けた。相手が誰かなど確認するまでもない。長年の肩の荷が下りて、エルザはそっとルディガーに身を寄せた。


 これが最後だ。それをルディガーもわかっているから彼女の背に自分の腕を回して抱き留める。


 一連のやり取りを噛みしめて、エルザはドリスに微笑んだ。


「ようやく私も罪悪感からじゃなくて、あの人の幸せを心から願える。これでよかったのよ」

 

 再び歩を進めるエルザにドリスはそれ以上、深くは聞かなかった。今のエルザは心なしか嬉しそうだったからだ。

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