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01

 テレサの診療所での一件から二週間が経過した。テレサの所業は明るみになり、アスモデウスの噂に関係していたことなどを含め、大きな騒ぎとなった。


 おもしろおかしく騒ぎ立てる者は少数派で、大多数は人柄も腕も良かったテレサに対し、驚きと戸惑いが隠せないでいるのが現状だ。


 テレサは瀉血した血をベテーレンの花と共に樽に保存していた。それらは血液を必要とする治療や、血液が不足する体質の者のために使おうとしていたのだと後の調べでわかった。


 彼女の行いは極悪非道とは言い切れず、情状酌量の余地もあるとされたが、それよりも先にテレサの衰弱した精神状態を治療する必要があると判断され、彼女はアルノー夜警団管轄の元、適切な処置が行われている。


 セシリアはそれらの手配や過去のテレサが絡んだとされる事件の再調査と処理、また他にも彼女が瀉血をしていたであろう人物を洗い出すなど、目まぐるしく日々を過ごしていた。


「セシリア」


 仕事が一区切りつき、自室で少し休もうかと歩いていると、城の廊下で不意に呼び止められる。セシリアは踵を返して無意識に相手の名前を呼んだ。


「ジェイド」


「忙しいのもわかるが、あんまり無理するなよ。上官不在でお前までぶっ倒れたら誰がフォローするんだ」


 大股でセシリアに歩み寄りながらジェイドは遠慮のない口調で告げる。医師の象徴である黒衣を身に纏い、右目にはモノクルを装着していた。


 今回の一件で、遺体が発見された場合には検視の必要性と強化が改めて問われ、経験と知識なにより信頼のあるジェイドは検視官として特別な立場でアルノー夜警団に籍を置くことになった。


 といっても普段は医師の仕事が主となる。今もそうだった。


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」


「信用できないな。少し休め、命令だ」


 今まさに休もうとしていたのだが。厳しい口調のジェイドにセシリアはつい口を尖らせる。セシリアの顔色を読んでジェイドは補足した。


「お前の上官から預かってきた命令だ」


 ジェイドの言葉にセシリアはわずかに動揺する。


「そろそろ顔を出してやったらどうだ? 報告もわざわざ他の団員に行かせやがって。向こうから来られない状況なんだ。『忙しい』を言い訳にするのももう限界だろ」


 ルディガーはあの日から、ジェイドの診察と治療を受けながら城で療養している。全身に受けた衝撃は大きく、痛みで三日三晩熱が出た。


 それからも絶対安静が言い渡されている。その間、セシリアは心配しつつもルディガーの代わりに自分が動かねば、と必死だった。


 そうしていると、今度は見舞いに行くタイミングを失ってしまった。


「あの人の容体はどうですか?」


 セシリアは小さく尋ねる。


「痛みはだいぶ引いたようだが、まだ安静にしておいた方がいいだろ。折れてはいないようだが、下手すりゃ背骨にヒビがいってる」


 ジェイドの物言いは相変わらずストレートで淡々としている。セシリアの顔がわずかに翳ったのを、ジェイドが目敏く気づいた。


「そんな顔するくらいなら直接、様子を見に行ったらどうだ? じゃないと、こちらの言いつけを破って無理矢理やって来るぞ」


「マイヤー先生!……と、セシリア!?」


 話の途中で別方向から声が飛んでくる。セシリアとジェイドが揃って目線を向ければ、そこにはドリスとエルザの姿があった。


 ドリスの元へはあの後、何度か見舞いに行き、真相も告げた。やはりドリスも何度かテレサの元で瀉血を行っていたらしい。


 健康と美貌のためと思っていたので、テレサの行為にかなりのショックを受けるのと同時に彼女を追い込んでしまったのではないかと罪悪感も抱いていた。


『外見でしか自分を好きにならない男ならこちらから願い下げしておけ』


 ジェイドの一言は効いたらしい。ドリスは瀉血はもちろん無駄な食事制限などもすっぱりやめ、前より顔色も健康的になっている。


 そしてドリスとエルザが、どうしてここに……わざわざアルント城にいるのかは容易に想像がつく。エルザは長い茶色の髪は下ろしたまま、くすんだ赤色のワンピースを着ている。


 ふたりの顔は驚きで満ち溢れていた。


「セシリアちゃん、その格好……」


 エルザの指摘にセシリアはここは城で、自分は団服姿だったのに思い至った。彼女たちに真実を告げていないことも。


 セシリアは素直に頭を下げる。


「黙っていてごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。私はアルノー夜警団に所属していて……エルンスト元帥の副官をしているんです」


 その言葉にエルザは瞳を丸くさせた。ここに彼女たちがいるということは、ルディガーの立場は知っているのだろう。


「ですが、それだけの関係なんです。エルザさんは元帥のお見舞いですよね? ご案内しましょうか?」


「セシリアちゃん」


 改めて名前を呼ばれ、セシリアはまっすぐにエルザを見つめた。昔からルディガーの隣に立つ彼女はセシリアにとって憧れで、遠い存在だと思っていた。


 今は対等に目線を合わせられる。


「ひとつお願いがあるの。私、用事を思い出したから代わりにルディガーのお見舞いに行ってくれるかしら?」


 まさかの内容に、セシリアは言葉に詰まる。代わりにエルザが続けた。打って変わって神妙な面持ちで。


「……ごめんなさいね。あの人にも謝ったけれど、セシリアちゃんにも謝らせて」


「それは」


「あの人をこれからも変わらずに支えてあげてね」


 セシリアの言葉を待たずに告げると、エルザはドリスに声をかけ、その場を去っていく。


 ジェイドとセシリアは呆然と取り残された。


「で、どうするんだ?」


 ジェイドに促され、セシリアは床に視線を落とす。逸る鼓動を抑え、ようやく決意を固めた。

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