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03

 ホフマン家はウリエル区の中でも一際大きな屋敷であり、それは主人がここ一帯の権力者なのを表していた。


 現当主ホフマン卿トビウスにとって夜会は情報交換の場であり、自分の地位を誇示するものでもある。


 夜の帳が下りてくる頃、参加者たちは徐々に集まり、皆ホフマン卿に挨拶を述べていく。


 儀礼的なものだと理解していても、誰もが自分に声をかけていく瞬間がトビウスの高揚感と自尊心を高め、彼の気持ちは浮上する一方だ。


 鼻の穴が自然と大きくなり、顔もにやけてしまう。トビウスは小太りで背もあまり高くなく、お世辞にも見目が麗しいとは言いづらいが権力者としての貫禄は十分にあった。


 なにより十八になる娘ディアナは妻に似て十分に美しい。その娘が最近、アルノー夜警団のアードラーに熱を上げている。


 この夜会は娘のためでもあった。もちろん娘のためだけではなく、娘がアードラーに嫁いだとなると自分の立場だって変わってくる。王家に近づく一歩になるのは間違いない。


 夜警団への出資は十分にしてきたし、王家へ従順な姿勢を見せてきた。しかしそれは純粋な忠誠心ではなく、すべては自分への投資だ。


 ひそかに大きな野望を抱きつつ今宵も夜会の幕が開けた。


 参加者の大半は仮面を身に纏い、素性を隠す。身分証を見せ、中に足を踏み入れるが、そこからはよっぽどでなければ自分の名を名乗ったり身分を明かしたりはしない。


 わかりきっている相手がいてもそこは暗黙の了解だ。お互いに指摘するなど無粋な真似はしない。


 純粋に異性との出会いやおしゃべりを楽しむ者がいる傍らで、まことしやかな黒い噂が飛び交い、駆け引きと腹の探り合いが行われる。


 会場には端にテーブルが設けられ、ワインと軽食が並び自由に取っていける仕組みだ。あとは好きに移動し、各々好きに過ごす。


 豪勢に吊るされたシャンデリアが真昼と見紛うほどの明るさと華やかさをもたらしていた。色彩豊富な女性のドレスが眩く、正装した紳士たちとの話し声が幾重にも重なり賑やかさを生む。


 セシリアは銀色の仮面をつけ、雑談に花を咲かす若者たちの輪の中に紛れ込んでいた。今宵の彼女は青いドレスに身を包んでいる。


 派手な装飾はなく胸元はシンプルだが腰回りから足元へと波打つように光沢のある生地が広がりを見せ、セシリアの白い肌によく映えていた。


 いつもまとめあげている髪はゆるやかにおろされ、彼女の肩のラインを金色の柔らかい髪が撫でていく。おしとやかな雰囲気よりも噂が好きそうな快活さを出すようセシリアは心掛けた。


 グラスを片手に持ち、さりげなく移動しながらお目当ての話題で盛り上がっていそうな集団を探す。


「アスモデウスにどこで会えるか知ってる?」


 ふとセシリアの耳に飛び込んできた会話に、彼女はそっと意識を向けた。菫色の仮面とドレスを着た女性が意気揚々と語っている。


「アスモデウスなんていないでしょ?」


 こわごわと話を聞いていた娘が聞き返すと、女性は口の端を持ち上げる。続けてしっかりと紅の塗られた唇がゆっくりと動き出す。


「それがね、噂ではドゥンケルの森の入口付近で会えるんですって」


「本当? でもあそこって前に誰か亡くなっているんでしょ?」


「そんなことを言いだしたらきりがないわ。それにね、私ドリスが森の入り口の方に向かっていくのを見たのよ」


 出てきた人物の名前をセシリアは頭に刻み込んだ。共通の知り合いなのだろう、彼女の名前に相手の娘の口調もやや興奮気味になる。 


「そういえば、ドリスって最近痩せたし、色白で綺麗になったって評判よね!」


「ね、きっとアスモデウスに見初められたのよ」


 口元に手を当て声を抑えようとするも、令嬢たちの噂話は加速していく。なにげなくセシリアが尋ねようとしたところで別の方向から声が飛んできた。


「それだけじゃ、アスモデウスの仕業だとも言えないんじゃないか? 彼女がなにかしら努力をしたのかもしれない」


 声の主は男性のものだった。セシリアを含め女性たちの視線が一気に彼に集中する。


 仮面をつけているので素顔はわからないが、青みがかった黒髪、落ち着いた低い声。背も高く、顔の造形からそれなりに美青年なのが雰囲気で伝わってくる。


 白いシャツに黒のウエストコートと同色のブリーチズは両方とも裾が長めのものを着用しており、清廉さはあるが派手さはない。


 一瞬、男に見惚れていた女性だが、彼の指摘にぐっと言葉を詰まらせた。そしてやや早口で反論する。


「でもドリスに事情を聞いたら、黙り込んで詳しく教えてくれなかったの。しかもここ最近の話よ? アスモデウスに頼んだんじゃないとしたら、どんな方法があるっていうの?」


「それは俺の知った話じゃない。ここでおかしく言いふらすなら彼女に聞くべきだ」


 跳ねのける言い方に女性は顔を赤くし、今度こそ押し黙った。共にいた令嬢に声をかけその場をそそくさと後にする。


 微妙な距離感を保っていたセシリアは次の行動をどうするべきかすぐさま思索する。しかし、男がセシリアの方に顔を向けたのでふたりの視線が交わった。


「お前も興味があるのか?」


「いえ」


 セシリアは目線をはずし、言葉を濁した。極力特定の人物との接触は避けたいところだ。ところが男はさらにセシリアに質問する。


「名前は?」


「この場ではマナー違反じゃありません?」


 お互いに仮面をつけている身だ。セシリアはたしなめながら、にこやかに返した。対して男は表情をまったく崩さない。


「気になったから訊いたんだ。なにが悪い? 俺はアルツト」


 思わぬ切り返しにセシリアは面食らう。そこで考えを改めた。ここまでやりとりすれば、やましいことがない普通の貴族令嬢ならば、おとなしく従うだろう。


 ましてや相手は自分より年上の威圧的な男性だ。下手に言い返したりするのは得策ではない。


 セシリアは戸惑いを装いながら静かに答えた。


「ルチア・リサイトと申します」


「ルチア……リサイトね」


 確認するように復唱する男に、セシリアはぎこちなくも背を向けた。男性にあまり慣れていない(てい)で目も合わさず、その場を去る。


 幸い会場は広い。他の集団に紛れ込むのはたやすかった。そこでふと今日の主催者であるホフマン卿トビウスを確認する。

2020/6/28

すみません。後半の一部の文章が重複していました。

報告してくださった方、ありがとうございます。

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