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05

 ふたりきりになったところでセシリアはジェイドに話題を切り出そうとした。しかし、その前に彼女は小さくくしゃみを漏らす。


「お前、上着は着て来なかったのか?」


「あ」


 そこでセシリアは自分の外套をドリスの家に置き忘れたことに気づいた。


 自分の不注意さに思わず眉をひそめたが、プラスに考えたらこれでまた彼女の家に行く名目ができた。


 それにしても、言われると急に肌寒く感じる。


「どうしたの?」


 そこに中から戻って来たテレサから声がかかる。ジェイドが軽く説明した。


「いえ。上着はどうしたのかって話になって」


「あら? 盗まれたのかしら?」


「え?」


 セシリアは純粋に驚く。ドリスがそんなことをするはずがない。しかしテレサの言い方に迷いもなかった。


「だって高価なものだったんでしょ?」


「い、いえ。そんな高価なものでもありませんし、私が勝手に彼女の家に忘れてきてしまっただけなんです」


 セシリアが早口でフォローをすると、テレサの顔が急激に曇った。


「そうだったの。ごめんなさい、ひどい言い方をして。……実は私、あの家で忘れ物をしたけれど、返ってこなかったことがあるから」


「そう、なんですか」


 セシリアはぎこちなく答える。ドリスは見るからに裕福なのは間違いない。使用人も品のありそうな雰囲気だった。


 とはいえ個人的な経験からテレサが言ってきたのだとしたら下手に否定しても意味はない。この前訪れた際に、そんな雰囲気をテレサが微塵も見せなかったので少し意外だった。


 そこで、大きな瓶を抱えていたテレサが思い出したようにジェイドに差し出す。


「はい、これ。昨年頂いたものだけれどよかったら持っていって」


「ありがとうございます」


 素直に受け取ると、ジェイドは中身についてセシリアに補足する。


「ワインだよ。鹿肉の臭み消しや煮込むのにわりと量がいるからな」


「美味しくできたら是非、報告してね」


 テレサにお礼を告げ、セシリアはジェイドから瓶を受け取る。おもむろにジェイドが荷車を引いて歩き出したのでセシリアも続いた。


「で、ドリスとはどうだったんだ?」


 テレサの家から離れ、周囲に人の気配がないのを確認したところで、ジェイドから水を向ける。


「彼女の美容法に誰かが噛んでいるのは間違いありません。美容法を教えてほしいと頼んだら自分だけの判断では教えられないと言われました」


「そいつに口止めされている、というわけか」


 そこでセシリアはジェイドに突拍子もないことを申し出る。


「すみません。私にも荷車を引かせていただけませんか?」


「はぁ? こっちの方が重いぞ」


 訳がわからない表情を見せたジェイドだが、セシリアの真剣な面持ちにそれ以上は何も言わずおとなしく場所を譲った。


 セシリアは木製の引手部分に両手をかけてゆっくりと前に進み始める。車輪は軋んだ音を立てながらゆっくりと回りだした。



「なかなか重いですね」


「この鹿の体重がおよそ40kgくらいはあるだろうからな」


「そんなにあります?」


「血抜きしてるから、ある程度軽くなっているかもしれないが、それを差し引いても結構な重さだ」


「なるほど」


 セシリア自身が若くて鍛えているのもあるだろう。普通の女性でも動かせなくはなさそうだが、かなりの重労働だ。


「もしも誰かがディアナの遺体を運んできたのだとしたら、犯人は男性でしょうか」


「かもな。でもどうやって運んだんだ? 抱えるにしても荷車を引くにしても目立つだろう。そこまでしてデュンケルの森の入り口付近に運ぶ必要があったのかも疑問だ」


「……ブルート先生なら違和感なく運べますよね」


 セシリアのなにげない発言にジェイドは足を止めた。


「お前、先生を疑っているのか?」


「だとしたら、軽蔑します?」


 久々にふたりを包む雰囲気が冷たいものになる。まるでディアナの館で初めて対峙したときのようにピリピリとした空気が流れた。


 ジェイドは黙ってセシリアのそばに寄り、荷車を引くのを交代させた。ゆっくりと車輪が回りだしたところで口火を切る。


「……いや。あらゆる可能性を考えるのは必要なことだ。ただ実際難しいだろ。お前も体感したように、この鹿を運ぶのでギリギリの重さだ。痩せ形とはいえ成人女性の遺体となると車輪も耐えられるかどうか」


 重すぎると車輪が回らない。テレサも話していた通り、この荷車はかなり使い込まれ古くなっている。現に今もガタガタと軋む音が響いていた。


 セシリアはワインの瓶を抱え、ジェイドの隣に並んだ。小さく謝罪の言葉を口にする。


「すみません、失礼な話を」


「そうは言っていない。情を挟まずに物事を考えるのは立派だ」


 すかさずジェイドはフォローを入れる。続けてセシリアの方を向くとジェイドは口角を上げ、問いかけた。


「となると、お前は俺も疑っているのか?」


 セシリアは目をぱちくりとさせ、次に動揺も迷いも見せずに正直に答えた。


「まったく疑っていないと言えば嘘になります。でも、個人的にあなたのことは信じたいと思っています……兄さんの分も」


 セシリアのまっすぐな回答に今度はジェイドが目を丸くする。だが、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。荷車を引く手を止め、セシリアの頭になにげなく触れる。


「心配するな。俺は嘘をつくのが苦手な男だからな」


「よく言いますよ。さっそく嘘をついているじゃないですか」


 間髪を入れない返しに、一瞬間が空く。そしてどちらからともなく噴き出し笑みが零れた。


 そのとき突風が起こり、セシリアは片手で髪を押さえる。葉擦れの音が風の存在を示し、セシリアは思わず身震いした。


 それを見て、ジェイドはおもむろに自分のコートを脱ぎ始める。


「着ておけ。風邪でも引かれて仕事を増やされても困る」


「ですが……」


 差し出された黒いコートを前にセシリアは躊躇った。けれど有無を言わせないジェイドの眼差しと言い分に、おずおずと受け取ろうと手を伸ばす。


 ところが、なにを思ったのか寸前でジェイドがコートを自分の方に引っ込めた。


「え?」


 彼の行動の意図が読めず、さすがに面食らう。するとジェイドがゆるやかに笑った。


「どうやら、必要なさそうだからな」


 発言の意味も理解できない。しかし、すぐ後方に気配を感じセシリアはとっさに振り向こうとした。

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