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04

「セシリア、何度も言うけれど本当にありがとう。また遊びに来てね」


 屈託のない笑顔を向けるドリスにセシリアは真面目に向き合う。


「ドリス、余計なお世話かもしれませんがひとりで出歩かないでくださいね。ご存知とは思いますが、ドュンケルの森の入口付近で若い女性の遺体が見つかって……」


「知ってるわ。ホフマン卿のところのディアナでしょ? 直接の知り合いじゃないけど綺麗な人だって聞いてた」


 ドリスは目線を落とし、物静かな口調で哀悼の意を示した。セシリアは迷いつつも先を続ける。


「あの、あなたがドュンケルの森に向かうのを見たって話を聞いて、それで心配になって思わず……」


 この話題を持ち出すのは一種の賭けだったが、ドリスは嫌な顔をせず、苦々しく笑う。


「そうだったの。ごめんなさい、心配かけて。実はね、この前は否定したけど一度だけあの噂を信じてドュンケルの森に足を運んだことがあるの」


 セシリアに緊張が走るが、顔には出さない。慎重にドリスの言葉を窺う。


「でもね、やっぱりアスモデウスなんていなかったわ。馬鹿よね、あんな話を信じちゃって」


「いえ」


 自嘲気味に笑うドリスだが、すぐにいつもの笑顔に戻って続けた。


「けれど行ってよかったって思ってる。だって……」


 言いかけてドリスは口をつぐんだ。急に瞬きを繰り返し、目を泳がせる。あきらかに様子がおかしい。


「どうされました?」


「ううん、なんでも。とにかく、もうデュンケルの森には近づかないわ。ディアナも不幸だったわね」


 わざとらしく話題を切り替えられた。セシリアは判断を巡らせながらもここは追及をあきらめる。


「なにはともあれ気をつけてくださいね。エルザさんにもどうぞよろしくお伝えください」


 セシリアのあまりの真剣さにドリスはきょとんとした顔になる。しかしすぐに笑った。


「ありがとう。お姉ちゃんにも伝えておくわ。それにしても私たち同士ね。片思いをしていて、さらにお姉ちゃんたちが上手くいくようにって願っていて。そうでしょ?」


「……ええ」


 人は相手に共通点を見つけると、さらなる親しみを感じる。セシリアは答えてからドリスに背を向け歩き出した。


 やはり今日は太陽が顔を見せないまま日が沈みそうだ。曇天のため地面に映る自分の影も随分と薄い。


 本当はルディガーに声をかけるべきだったのか。彼をここに連れてきたのは自分だ。ただ、邪魔をするべきではない……そう判断した。


 彼は久々に会った元婚約者とどのような会話をしているのか。玄関先でふたりが寄り添う姿を思い出し、胸が軋む。


 こんなにも胸が痛むのは、きっと思い出させるからだ。ルディガーとエルザを見ては、遠巻きに地団太を踏むしかできなかった子どもの頃の自分を。


 彼とは対等ではないと思い知らされ、自分の非力さにほぞを噛んでいた。


 今はルディガーの副官として自分の立ち位置も役割もしっかりと認識し、それなりの働きをしていると自負だってしている。それなのに。


 守っているつもりで、守られているのは……そばで支えようとして、支えられているのは……。


『彼は自分のせいで兄を奪ったからって責任を感じてその妹につきっきりだって』


 もしかして私の方なの?


「セシリア?」


 名前を呼ばれ、セシリアは慌てて我に返る。視線を向ければ見知った人物がいた。


「ジェイド。ブルート先生」


 テレサとジェイドが並び、ジェイドは見覚えのある荷車を引いている。おそらくテレサのものだろう。


「こんにちは、セシリア。どうしたの、こんなところで?」


 テレサに声をかけられセシリアは素直に答えた。


「ドリスとエルザさんのところへ行っていたんです」


「そうだったの。仲良くなれたみたいでよかったわ」


 テレサはぱっと明るくなる笑顔を浮かべた。目尻の皺が深く刻まれ目が細められる。


「おふたりは?」


「ああ。足りない薬草を取りに行っているところで出会ってな。ちょっと手伝っているんだ」


 セシリアはジェイドが引いている荷車に注目する。薬草だけにしては車輪の軋み具合からして重たそうだ。セシリアの視線の先に気づいたテレサがおかしそうに笑う。


「偶然に鹿が倒れていてね。私ひとりだと重いけれど彼が運ぶって言うから。車輪もなんとか動いてよかったわ」


「鹿肉はなかなか高級だぞ。まだ温かかったからさっさと血抜きはしたんだが、まだ不十分だ。後は家で作業しようと思ってな」


 ジェイドは料理する気満々だ。他国での暮らしも長いので自然と料理の知識も広がったのだという。


「セシリア、お前も時間があるなら少し付き合え」


 これは純粋な申し出ではなく、おそらくドリスを訪ねた件に関して彼なりに聞きたいのだろうとすぐに察しはついた。セシリアは肩をすくめ、彼らと歩調を合わせる。


「ジェイドったら、あまりセシリアをこき使っていると嫌になって逃げられちゃうわよ」


 テレサが冗談交じりにたしなめたが、ジェイドは軽く笑った。


「こいつはそんな玉じゃありませんよ」


「あらあら」


 なにか納得した表情を見せるテレサにセシリアは話題を変える意味も込め、話を振った。


「先生、薬草も必要でしょうが気をつけてくださいね。ご存知でしょうが、昨日また」


「ええ、知ってるわ。デュンケルの森の入り口付近で女性の遺体が見つかったんでしょ。ホフマン卿のご令嬢のディアナだって知って私もショックだったわ」


 皆まで言うなと言わんばかりにセシリアの話を遮ってテレサは心情を吐露した。


「彼女と直接、面識があったんですか?」


 セシリアの問いにテレサは小さく首を横に振る。


「いいえ。彼女の家は代々お世話になっている主治医がラファエル区にいらっしゃるから、うちに来たことも診察したこともないわ。でもこの町では有名な権力者だもの」


 噂の飛び交い具合を見ても、ホフマン一家に関するウリエル区の人間の関心は高い。セシリアの心配を振り切るためか、テレサは話を戻して努めて明るく返した。


「今日は森までは行けていないから。アルノー夜警団の方々もいらっしゃったし」


 それから話題はディアナの死に関してが主だった。


「髪を切った目的はなんでしょうか」


 セシリアがなにげなくテレサに意見を乞う。テレサは宙を仰ぎ見て思考を巡らせた。


「そうねぇ。呪術的なものかしら? でも持ち帰っていなかったならその場で揉み合いになったときに切ってしまったとか」


「たしかに呪術をかけたい相手の髪が必要な場合もあるが……」


 ジェイドが荷車を引きながら考え込む。


「早く解明してほしいわね。どうやら彼女は獣にやられたわけでもなく人為的に死に追いやられたって聞いたから」


 そこでテレサの診療所にたどり着き、彼女はセシリアとジェイドに少々待つように告げ中に消えた。足元には薄く青みがかった小さな花が揺れている。

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