02
現場をウリエル区の団員に任せ、セシリアとルディガーは会話らしい会話もなくひとまず城に戻った。気になる点は山ほどあるが、まずは自分の頭の中で整理する。
部屋に入ったところで、セシリアは不意に前を歩くルディガーに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
首だけ動かし後ろに意識を向けたルディガーが問いかける。あまりにも彼が平然としているので、逆にセシリアは先が続けにくくなった。しかし、中途半端に終わらすわけにもいかない。
「元帥はディアナ嬢と親交があったので……」
ぎこちなくも伝えるとルディガーは納得した表情を見せ、セシリアの言いたい内容を汲む。
「ああ。平気だよ。彼女の死を悼んではいるけれど、自分が気落ちするほど肩入れした覚えもない」
抑揚なく告げられた言葉はなぜかセシリアを動揺させた。ルディガーが強がっているわけでも、取り繕っているわけでもないのも伝わるから余計にだ。
「そう、ですか」
そこでルディガーは微笑む。どこか冷たさを帯びていた。
「色々割り切っていないとアードラーは……ここではやっていけないからね」
ルディガーの言い分はもっともで、副官としては安心すべきところだ。それなのにセシリアの心はどうもざわつく。理由がわからないから余計に気持ちが悪い。
とにかく今はディアナの死の真相を……アスモデウスについて解明するのが最優先だと自分を叱咤する。そんなセシリアをルディガーは複雑な面持ちで見つめていた。
次の日、セシリアとルディガーは予定を変更し、ふたりでドリスの元を訪れるための時間を作った。
ふたりとも私服で、ルディガーは白いシャツにオリーブ色のダブレット、下は黒いズボンとロングブーツを合わせている。
セシリアは胸元が編み上げ式になっているくすんだワインレッドのワンピースを着用し、曇天で肌寒さもあるので外套も忘れない。
ドュンケルの森でディアナの遺体が見つかり、昨日の今日で彼女の父親がウリエル区の権力者でもあることから街は、特にウリエル区に入ると辺りはあらゆる噂で持ちきりだった。
ましてや今回ははっきりと彼女の死は人為的なものであり、不可解な点も多いのだから妙な憶測もあれこれ飛ぶ。
「可哀相に、あんな森で。髪を切られたりして脅されたらしいわよ」
「ディアナではなく父親に恨みのある奴の仕業じゃないか?」
こうした道行く市民たちの話に耳を傾け、セシリアはそれとなくルディガーに身を寄せて、噂話でもする態で小声で囁いた。
「いいですか。もう一度確認しますが私は夜警団に所属していることも、あなたの副官である事実も彼女たちには伏せています。なので、今回はあくまでも幼い頃からの繋がりであなたに声をかけたという話でお願いしますね」
真面目な顔で念押しするセシリアに、ルディガーは苦笑する。
「わかっているよ。ならセシリアも俺のことは昔みたいに名前で呼んでもらわないとね」
「気をつけます」
余裕ある切り返しにセシリアは素直に頷く。いつもみたいに『元帥』と呼ぶのはなしだ。妙にかしこまった言い方にも注意しなくてはならない。
「久々に呼んでみる?」
肝に銘じているセシリアに茶目っ気交じりの声が飛んだ。にこやかな笑顔の上官にセシリアは思わず頭を抱えそうになる。
「必要に迫られたらでかまいません」
「固いね、シリーは」
わざとらしく肩をすくめると、ルディガーは突然セシリアの前に立って行く手を阻み、向き合う形で正面からゆるやかに彼女の両肩に腕を回した。
続いて、なにか物申そうとするセシリアを遮るようにルディガーは背を屈め、彼女のおでこに自分の額を重ねる。視界が急に暗くなり至近距離でふたりの視線は交わった。
「じゃぁ命令しようか。今すぐここで名前を呼ぶ」
いつもの悪ふざけとして流そうとした。しかし『命令』という言葉にセシリアは弱い。今すぐ必要なものなのか疑問が残るところではあるが。
「ちゃんと呼んでもらえるのか不安になってね」
セシリアの心の内を読んでか、ルディガーが笑みを浮かべたまま補足する。ついセシリアは眉をひそめた。見くびられるのは御免だ。
「呼べますよ、ルディガー。余計な心配はいりません」
かしこまった口調は崩せなかったが、セシリアはおとなしくルディガーの名前を呼んだ。
彼を名前で呼ぶのは実に久しぶりで、声にして自分の耳に届き、思わず照れが入りそうになってしまったがそれは必死に隠して顔には出さない。
ところが、ルディガーがセシリアの額に口づけたので、さすがのセシリアもポーカーフェイスが崩れる。対するルディガーは満足げな顔でセシリアの髪に触れ、彼女をきつく抱きしめた。
「ちょっと」
「あまりにもシリーが可愛らしかったものだから」
「ふざけないでください」
腕の中で抗議するも、どうも格好がつかない。いつもの上官と副官という立場より、今はどちらかと言えばプライベートな雰囲気に自然となっている。
なんだかんだでこれが上官の狙いなのだとすると、セシリアはやはりルディガーには敵わないと思い知らされる。調子よく彼に乗せられただけだ。
「こっちは上手くやるから、シリーはドリスから自分の欲しい情報を引き出すことだけを考えたらいい」
耳元で囁かれ、セシリアは一度目を瞑って自分の気持ちを落ち着かせる。そしてゆっくりと目を開けてから答えた。
「ルディガーも……こんな状況で申し訳ないけれど……任務などと思わずにエルザさんと会ってね」
これは本心だ。状況も合わさり副官としてではなくセシリア自身の願いとして伝えられた。
もしも自分のせいでふたりの間になにかわだかまりができてしまったのなら、できれば解消してほしい。
ルディガーはなにも答えずセシリアの頭をそっと撫でてから先を促した。




