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02

「まぁ、彼女に関してはそろそろケリをつけるさ」


 やれやれと肩をすくめるルディガーにセシリアは、ふと思いついて声をかけた。


「なら、その夜会に次は私もご一緒してかまいませんか?」


 突然の申し出にルディガーは目を見開く。だが、すぐに口角を上げ嬉しそうに笑った。


「なに? 俺の心配をして?」


「情報収集がしたいんです。貴族たちの間で話題になっている件で」


 淀みのない素早い返事に、ルディガーはあからさまに肩を落とした。


「情報って……アスモデウスや流行りの美容法についてかい?」


 アスモデウスは破壊魔神の名前だ。美や自信などの概念を司り、元は天使だったとも言われている。もちろん実存はせず、民間伝承の中だけに留まる存在だ。


 昔からこういった類の魔女や悪魔、幽霊などは、夜遅くや危険なところに出歩かないよう大人から子どもへ戒めを込めて話されるものもあれば、暇な貴族たちの道楽的なものとして話題になったりする。


 しかしこのアスモデウスに関して、ここ最近、街では妙な話が出回っていた。


 主に若い娘たちの間で賑わっており、アスモデウスは青年に化けて、気まぐれに出会った女性に美しさを与える。肌は白くなめらかになり、ドレスの似合う綺麗なボディラインになれるのだと。


 本来、恐ろしく畏怖の対象とされるアスモデウスが、まるで憧れの存在として扱われていることにセシリアは違和感を覚えていた。


 しかし、世俗的には面白ければ広まるのはあっという間だ。真偽など大きな問題ではない。とくにお喋り好きな女性が中心ともなれば、話の内容はさらに加速していく。


 アスモデウスに見初められるにはどうすればいいのか、彼に会うためにはどうすればいいのかなども付随している。


 以前、ルディガーが街で聞いた噂は貴族間にも広まっていた。正確にはそちらが発祥なのか。“アスモデウス”と固有名詞がわざわざ出てくるくらいだ。


 ある程度、知識のある人間が言い出した可能性がある。そもそもアスモデウスなど、この噂で初めて存在を知った人間も多いはずだ。それくらいの知名度だった。


「街での話はおおよそわかりましたが、上流階級の集まる場でどういったものが交わされているのか気になるんです」


 真面目なセシリアに対しルディガーはどうも投げやりだ。


「世の男共が不甲斐ないから、アスモデウスに憧れる女性が出てきてもおかしくはないのかもな。とはいえ所詮は噂話だろ? そこまで気になるのかい?」


「まったく根拠もないのにここまで流布するとは思えません。穏やかな内容ではありませんし……どうも引っかかるんです」


 ルディガーは静かに息を吐く。セシリアが言い出したら意外と頑固なところがあるのを彼は熟知していた。なによりセシリアの直感はよく当たる。


「わかった。せっかくセシリアからデートに誘ってくれたんだ。手配しておこう」


「ありがとうございます。ですが今回はあなたの副官としてではなく“ルチア・リサイト”として足を運びますので、会場での接触はなしですよ」


 冗談交じりのルディガーにセシリアは律儀に訂正する。『ルチア・リサイト』はセシリアが諜報活動をする際に使用する名前だ。


 アルノー夜警団と関係の深いリサイト伯爵家の娘という設定で、きっちりと身分証まで用意しており、万が一に備えても抜かりはない。

 

 ルディガーも会話の流れから理解していたものの、不服そうな顔をセシリアに向け、それにしても、と口を尖らせた。


「ついて来るのは、嘘でも俺が心配だからと言ってほしいね」


「プライベートにまで口出ししませんよ。それに女性の相手はお手の物でしょ? 心配していません」


「俺はいつもセシリアを心配しているのに?」


 間髪を入れないやりとりに少し間が空く。セシリアは軽く目を閉じた。


「アードラーであるあなたにご心労をおかけし、部下として自分の不甲斐なさを大変遺憾に思いますよ」


「そうじゃなくて……」


 仰々しい言い方のセシリアにルディガーが苦い顔をする。すっとセシリアの瞼が開かれた。深い穏やかな海の底を表すかのような蒼い瞳がじっとルディガーを捉える。


「元帥」


 いつもと変わらない落ち着いた声色で彼女は目の前にいる男に呼びかけた。


「私の心配は無用です。うまくやりますから。あなたはご自分のことだけを考えていてください」


 そしてセシリアは今日の任務にかかるべくさっさと部屋を出て行った。


 どうしてこうなるのか。ひとり残った部屋でルディガーは頭を掻いて項垂れた。 


「心配しないわけないだろ」


 ため息まじりに呟いた言葉は誰にも届かない。


 まったく。普段は嫌というほどこちらの心の機微に敏かったりする副官だが、この手の話はどうも噛みあわない。原因は自分にあるのだろうとルディガーも自覚してはいるのだが。


 ――いつだって心配しているよ。


 彼のダークブラウンの双眸が鋭く色めく。誰に対するわけでもない牽制めいたものだった。


「……悪い虫がつかないか、ね」


 セシリアを自分の副官にして早六年。彼女ももう二十二歳になる。自分が彼女を副官にすると決めたのが二十歳の頃なのだから、時が経つのが早い。


 頭を切り替え、ルディガーは今日の仕事に取り掛かる。夜会は明後日だ。気が進まないのが本音だが、セシリアも行くと決めたのだから渋ってはいられなかった。

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