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05

「エルザは、ずっと体調が悪いのかい?」


 話を切りだしたジェイドにドリスは静かに頷いた。


「はい。元々体は丈夫な方ではなかったんですけれど、ここ数年でさらにひどくて。“お姉ちゃん”なんて呼んでいますが、私の父の兄の娘なので従姉になるんです。でも昔から本当の姉みたいに可愛がってくれて……」


「症状は、どういったものなんですか?」


 おずおずとセシリアが口を挟んだ。少なくともセシリアの知る限り、エルザは幼い頃から今みたいに寝込んでいるというわけではなかった。


 セシリアの問いにドリスは答えない。それどころか目も合わさずにあからさまに避ける態度を示した。


「あの……」


「あなたとは話したくない」


 再度、声をかけようとしたセシリアに突っぱねた発言がドリスから飛ぶ。さすがにこれには面食らった。先ほどまで普通に接していたはずなのに、どうしたのか。


 さらにドリスは畳みかける。


「私、あなたが嫌いだから」


「……なにか気に障りましたか?」


 素直な疑問だった。さっき初対面の挨拶を交わしたばかりの相手にここまで拒絶される理由がわからない。ところがドリスは敵意の滲んだ眼差しをセシリアに向ける。


「お姉ちゃんが婚約を解消したのってあなたのせいなのよ!」


 思いがけない言葉がドリスから浴びせられ、セシリアは目を丸くする。


「だって私、聞いたの。お姉ちゃんには幼い頃からの婚約者がいたのに、彼は自分のせいで兄を奪ったからって責任を感じてその妹につきっきりだって。さっき言ってたけど、妹ってあなたのことなんでしょ!?」


 後頭部を強く殴られたと錯覚しそうな衝撃だった。心臓が激しく収縮し、セシリアはなにも答えられない。ドリスは栓が抜け、水が勢いよく流れ出るかのごとく感情を吐き出す。


「婚約者より妹ばかり優先して……お姉ちゃんも仕方がないって思っていたけれど、やっぱりつらかったんだと思う。別のところからも縁談話があってそちらを選んだものの結局うまくいかなくて、体まで壊しちゃって」


「だとしても、婚約を解消したのはふたりが選んだ道だ。君がこいつを責めるのは筋違いだろ」


 今まで黙っていたジェイドがドリスの暴走を止めるべく低く鋭い声で言い放った。おかげでドリスが一度、押し黙る。そして、ぐっとうつむいてなにかを押し込めた。


「……まだお姉ちゃんは彼のことが忘れられないのよ、きっと」


 抑えきれずに漏れた言葉はセシリアの胸に深く刺さった、しばし重い沈黙が流れていたところで、エルザの診察を終えたテレサが階下に下りてきた。


「皆さん、お待たせ。……って、あら? どうしたの?」


 微妙な雰囲気を察したテレサが尋ねる。答えたのはドリスだ。


「いえ、なにも……先生もよかったらお茶を召し上がってください。ハーブティーなんですが」


 無理矢理話題を切り替え、ドリスは使用人に指示した。そのタイミングでジェイドが話を振る。


「エルザの病状は重いんですか?」


 テレサは頬に手を添え悩む素振りを見せる。彼女の前にカップが置かれ、小さく使用人にお礼を告げてから答えた。


「症状自体はそこまで重くないわ。微熱がずっと続いているの。原因を色々な方面から探っているんだけど、おそらく精神的なものが大きいんじゃないかと踏んでいるわ」


「お姉ちゃん、ずっと大変だったから」


 テレサに同意してドリスが語り始めた。


 エルザはルディガーと婚約を解消した後、先方からの強い要望もあり母方の遠縁の彼の元へと嫁いだ。王都から離れた遠い町に不安はあったが、望まれた結婚だと期待を膨らませていた。


 実際は、まだまだ封建的な土地柄で女性は自己主張がほとんどできず、夫や家長の言うことが絶対という環境はエルザにとって思った以上のストレスだった。


 子どもになかなか恵まれないプレッシャーも加わり、エルザの精神と共に体も蝕まれていく。


 床に伏せがちになった彼女はますます疎まれ、夫婦仲は冷めていく一方だった。そういった状況で、離縁がつきつけられたとき、エルザはショックよりも安堵の方が大きかった。


 ところが外聞を気にする実家は彼女の離縁をよく思わず、結果的に叔父の家で世話になることになった。幼い頃から知っている叔父夫婦の優しさはもちろん、一人娘で兄弟のいないドリスの強い希望もある。


 話を聞いて、セシリアは自分の感情が波打っていると気づく。今は情報を正確に頭に刻み込むだけだ。対象はエルザではなくドリスなわけだが。


「そういえばドリス。君が今流行りのアスモデウスに接触したなんて馬鹿げた話を聞いたんだが?」


 一区切りついたタイミングで、唐突にジェイドが切り込んだ。あまりの単刀直入ぶりにセシリアは思わず彼を二度見する。


 ドリスの反応を窺うと、あからさまに不快そうな面持ちだ。図星を指されたというより内容に嫌悪感を示している。


「なにそれ。どこでそんな話が?」


「まぁ、あくまでも噂だ。君が綺麗になったから妬んだ誰かが言い出したんじゃないか?」


 調子を合わせたジェイドにドリスの顔に変化が見られる。


「綺麗になったって思う?」


 声には期待が入り混じっている。それを察せられないほどジェイドも鈍くはない。


「ああ。君とは初対面だから、なったというより綺麗だと思うよ」


 さらっとそういうことを言えてしまうのは上官と似ているとセシリアは思った。すっかり機嫌をよくしたドリスは頬と口元を緩め、自然と笑顔になる。


「嬉しい。でもアスモデウスなんて嘘よ。そんなものいないわ。それに私、男の人苦手だし、会いたいとも思わない。ちゃんと努力したからよ」


「その努力した方法を是非教えてほしいね」


 ジェイドのなにげない質問に、一瞬だけドリスは顔を強張らせた。あからさまな反応だ。しばし目を泳がせる。


「それは駄目」


 静かに拒否する。そこには開けられない分厚い扉を感じた。さらに突っ込みたいところではあるが、これ以上は彼女を頑なにさせるだけだと悟り、ジェイドは追及をやめる。


「残念だ。またよかったら教えてくれないかい? 俺も試してみたいんだ」


 それを聞いてドリスはかすかに笑った。


「先生には、簡単なことよ」


「さて、そろそろお暇しましょうか。雨も降り出しそうですし」


 テレサが声をかけ、セシリアはなにげなく窓の外を見た。たしかに先ほどよりも重々しい黒い雲が空を占拠し始めている。一雨来そうだ。


 ドリスはセシリアたちを玄関まで見送り、まずはテレサに声をかけた。


「また先生のところに行っていいですか?」


「もちろんよ。いつでもいらっしゃい」


 そこでふとドリスの視線がセシリアに向けられた。セシリアは反応に困りつつ、目線を逸らさずにドリスを見つめる。ドリスはセシリアにおもむろに近づくと、勢いよく頭を下げた。


「さっきはいきなり失礼な態度を取ってごめんなさい」


 予想外のドリスの態度に意表を突かれたセシリアだが顔には出さない。ドリスは縋るようにセシリアに懇願した。


「もしもあなたがその彼と繋がりがあるなら……お姉ちゃんに会わせてあげてほしいの。彼が結婚していなくて、恋人がいないならでかまわないから」


 突然の要望にセシリアはなにも答えられなかった。ただドリスの必死さだけは伝わってきて、複雑な思いを抱く。結局曖昧に返して、一行はドリスの屋敷を後にした。

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