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01

「頂いた資料を再度見直してみたんですが、ここ半年でドゥンケルの森付近で遺体が見つかったのは三件ほどありますね」


 ジェイドの元を訪れた翌朝、ルディガーに一通りの報告を済ませ、書類を確認した後でセシリアはさらりと切り出した。座っているルディガーに対し、セシリアは机を挟んで正面に立つ。


 これがふたりのお決まりの位置関係だ。しかしセシリアがその話を始めたので、ルディガーは部屋に備え付けの応接用のテーブルに移動するよう勧めた。


 迷いもあったが上官の指示に素直に従い、セシリアは机越しではあるものの今度はルディガーと対等な姿勢で会話を続ける。


「最初は半年ほど前、秋頃ですね。亡くなったのはクレア・ヴァッサー、十五歳。ラファエル区出身。父親のマチス卿といえばラファエル区で多くの土地を管理し、権力者として有名です。呪術にも詳しく、そちらの筋でも有名だとか」


 資料と自分でまとめたメモに目を通しながらセシリアは説明していく。それを聞いてルディガーはあることを思い出した。


「そういえば、その件はスヴェンが気にしていたな」


「バルシュハイト元帥が?」


 意外な情報にセシリアは尋ね返す。ルディガーはそんな深刻なものでもないと軽く首を傾げた。


「まぁ、確認程度だったけれど。彼女がなぜドゥンケルの森に行ったのか気になったらしくてね。あとは遺体の状況とか」


 ラファエル区はウリエル区の北に位置し、王都寄りだ。ドゥンケルの森からはウリエル区を越えて行かねばならず、やや遠い。貴族の娘がひとりで訪れるのを不審に思うのも無理はなかった。


「資料では隠れて恋人と会うため、となっていますが」


「らしいね。裏も取れている」


 クレアには親が決めた許婚がおり、十五になって結婚を強要されていた。しかし彼女には想いを通わせた別の恋人がおり、彼がウリエル区の人間だった。


 その彼と人目を忍んで逢瀬を重ねるためにドゥンケルの森を訪れたところ、獣に襲われた。首筋に致命傷となった傷があるので彼女に関してはあまり不審な点はない。


「にしても、スヴェンも結婚して丸くなったな。ライラの力は偉大だ」


 ふと話題に上ったもうひとりのアードラーについてルディガーが感想を述べる。それはセシリアも感じていた。


 あくまでほんの少しだが、スヴェンの纏う空気がわずかに優しくなっている。前は他者を寄せつけない冷たいものでしかなかったのに。


「羨ましいですか?」


「そうだね。素敵な夫婦だと思うよ」


 その返答に、ちくりと針で刺されたのに似た痛みを覚える。なぜなのか、原因をはっきりさせられずセシリアは話を戻した。


「続いては一ヶ月ほど前。カルラ・ヴィント、十八歳。ウリエル区出身、一般家庭の生まれで既婚者です。彼女に関しては大きな外傷もなく、手の甲に並んだ小さな傷があり、顔色も真っ青で毒蛇にでも噛まれたのではないかとの見解でした」


 セシリアは資料を捲る。そして三人目、二週間前に亡くなったレギーナ・ルフト、ニ十歳。ジェイドが話していた彼の患者だ。


 ウリエル区出身で、家は貴族の服なども請け負う洋裁屋だ。ほどよく繁盛しているが娘のレギーナは生まれつき、心臓が弱くジェイドの元にずっと通っていたそうだ。


 ルディガーは視線を落とし、頭の中で情報を整理していく。


「貴族に町娘。年齢も出身もバラバラ。未婚の者もいれば既婚者もいる。彼女たち同士が知り合い、もしくは共通の知り合いがいるともあまり思えないな。しいて共通点と挙げるなら若い女性というくらいか」


 発見場所がドゥンケルの森なのでクレアを除くふたりがウリエル区出身なのも理解できる。しかし、彼女たちはなぜドゥンケルの森へ行ったのか。


 ルディガーは顎に手を添え考え込む。セシリアは補足した。


「レギーナは『アスモデウスに会うためにはどうすればいいのか』と周囲に漏らしていたそうです」


「なら、それがドゥンケルの森へ行った理由なのか?」


 セシリアは一度、自分の考えを巡らせる。


「はっきりと確証はありませんが、おそらく……。ただ、資料を見て気になったんですが、後者ふたりについては雨が降った後で発見されたようです」


 幸か不幸か、カルラもレギーナも遺体が獣に荒らされることもなかったが、雨に振られびしょ濡れだった。髪も肌に張りつき、服も水分を含み重たくなっていた。


 淀みなく説明を続けていたセシリアだったが、そこでふと押し黙る。


「偶然、でしょうか」


「雨が降ったことかい?」


 自問にも思えたがルディガーが尋ねてやる。セシリアは素直に頷いた。


「ええ。それに今の話と、夜会で聞いたアスモデウスに関する噂に似たものが多くて」


 “青年の姿で現れるが、それは最初だけ。実はアスモデウスは蛇になる”“アスモデウスが出現すると雨が降る”


 どれも今の話に当てはまり、奇妙な一致にセシリアの背筋に一瞬なにかが這いあがった。しかしルディガーは冷静だ。


「逆にこの件からその噂話が派生した可能性は?」


「ないとは言えませんね……なら、アスモデウスはどこから出てきたんでしょうか。半年前の件が無関係だとしても、アスモデウスの噂話はその頃辺りからありました」


 ルディガーは腕を組み直す。アルノー夜警団として、事件性や市民の訴えなどがあった場合は追って調査するが、彼女たちの事案に関しては個別で見ればそれほど不審な点は感じられなかった。


 報告だけで済ませておいたものの、並べてみると明確な共通点はないはずなのに、なんとも言えない気持ち悪さが漂う。


「偶然と言えば、雨が降ったとはいえ遺体の状態があまりにも綺麗だったのも引っかかる」


 セシリアはルディガーの言葉に考えを戻した。ルディガーは口元に手をやる。


「変じゃないか? 最初の被害者なんて獣に襲われたわりに致命傷となった首の傷以外に大きな外傷は見られなかった。それに後のふたりもだ」


 ルディガーの指摘にセシリアは資料を再確認した。言われてみればドゥンケルの森は凶暴な獣も多い。ところが遺体はどれも荒らされてはおらず、後のふたりにおいては『まるで眠っているようだった』との証言もある。


 最初に死因がわからなかったほどだ。事故として処理し、遺族の意向もあったので詳しい検死も行えていない。


「とりあえず、彼女たちの周辺の人間関係や死因について改めて調べてみます」


 言い切り、本日の任務につくべくセシリアは腰を浮かす。


「セシリア」


 しかしルディガーがセシリアを呼び止め、彼女をじっと見上げた。


「また彼のところへ?」


 彼というのがジェイドを指すのだとすぐに理解した。


「ええ。レギーナに関してもう少し詳しく聞いてみます」


 セシリアの回答にルディガーは険しい顔をしたままだ。なので逆に尋ね返す。


「なにか気になることでも?」


「いや、ただ少し心配しているだけだ」


 やや軽めの調子でルディガーは姿勢を崩す。セシリアは背筋を正し、しっかりと彼に告げた。まっすぐな眼差しがルディガーに向けられる。


「ご心配には及びません。本業に支障はきたしませんから。失礼します」


 虚を衝かれているルディガーをよそにセシリアはさっさと部屋を後にした。ルディガーは前髪を掻き上げてため息をつく。


 自分の心配内容が彼女に伝わっていないのがいいのか、悪いのか。


 青かった空に今日は雲がかかりつつあった。その色はどうも黒い。太陽を隠すどころか一雨もたらしそうな不穏さだった。

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