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01

 目を開けると部屋に差し込む光から空が白んできているのがわかり、それでおおよその時刻に見当がついた。長らく暗く冷たい冬が王都を包んでいたが、徐々に春の息吹に押し出されている。


 今朝もけっして寒いわけではない。むしろじんわりと寝汗をかいているくらいだ。セシリアは大きく息を吐いて素早くベッドから出た。


 冷たい水で顔を洗い、てきぱきと支度する。初めて着たときは重いと感じた赤と黒の団服も、今ではすっかり体に馴染んでいた。むしろ団服以外を着る方が落ち着かないほどに。


 闇と気高さを表す黒を基調とし、光と礼節を示す赤がラインと裏地に取り入れられている。肩章、飾緒、フロント部分にシメトリーに並ぶ釦などはすべて金で施され、胸元には黒の(エスカッシャン)に赤の十字(クロス)


 中央部にはこの国の誰もが知っている王家の象徴、双頭の鷲が描かれている。


 肩下で揺れる柔らかい金の髪をひとつに束ね、捻りながらまとめ上げる。飾り気のない簡素な髪留めで固定すると彼女のいつものスタイルの完成だ。


 アルント王国国王直属の管轄にある『アルノー夜警団』は王や城はもちろん王都アルノーの警護も承り、人々の安穏な暮らしを維持するため官憲組織の役割も担っている。


 市民からの訴えを受け、国王からの命でときには騎士団として近隣諸国へ赴くこともあるのだが、その際に彼らが共通して掲げる基本理念は『必要最低限の介入を』というものだ。


 不必要に権力や武力を誇示したりはしない。団員は城に身を置く者も合わせて三百人ほど。夜警団のトップは双璧元帥(アードラー)と呼ばれ、基本的にふたりの人間が務める。


 現国王クラウス・エーデル・ゲオルク・アルントが若くして王座に即位したのとほぼ同時期に今のアードラーも任命された。


 スヴェン・バルシュハイトとルディガー・エルンスト。どちらもクラウスの幼馴染みであり、剣の腕も確かだった。


 そしてふたりの男は実に対照的だった。黒髪に目つきも鋭く、無愛想で他者を寄せつけない雰囲気で、冷厳冷徹さを貫くスヴェン。


 対するルディガーは温和で話術にも長け、色素の薄い茶色い髪と同じダークブラウンの瞳は常に細められているイメージだ。


 セシリアはルディガーの副官だ。この立場は彼女がアルノー夜警団に入団したときからずっと変わらない。


 王都を中心に国中に団員は配置されているが、アルント城で、王の近くで生活する団員は限られている。アードラーは言わずもがな。必然的にセシリアの生活拠点も城だ。


 セシリアは部屋を出て、アードラーに宛がわれた執務室へと向かう。今日は自分よりも相手が先に来ている気がした。


「おはようございます」


「おはよう、セシリア」


 案の定、セシリアが顔を出せば中からすかさず返事がある。机に向かい席に着いているルディガーがにこやかな笑顔で副官を見つめていた。


 セシリアはなにも言わず彼の方へと歩み寄る。手にはいくつかの書類が収められていた。


「早速ですが、報告をかまいませんか?」


 机を挟んで真向かいに立ち、セシリアは決まりきった文句を告げた。


「どうぞ」


 ルディガーもいつも通り机に肘をつき、指を組んで聞く姿勢を取る。口調は軽いが表情は真剣そのものだ。


 下の団員から上がってきた案件、近隣諸国の気になる動き、来客予定など一通りを述べた後、最後にセシリアは付け足した。


「ホフマン卿から夜会への案内状が届いていますよ」


 それを聞いて、ルディガーの面様が急激に曇った。ここ最近、彼はホフマン卿の屋敷で開催される夜会にほぼ毎回招待されている。


「随分、熱心にお誘いされていますね」


 それとなくセシリアが水を向けると、ルディガーがため息混じりに口を開く。


「ホフマン卿に、というより彼の娘のディアナに気に入られてね。彼は夜警団に対して理解もあるしウリエル区では有力な権力者だ。無下にできない」


「バルシュハイト元帥が結婚を公にしたのも影響しているんでしょうか」


「だろうね」


 ルディガーは眉尻を下げて困惑気味に笑った。


 アルント王国では男女ともに十五で結婚が認められ、その際に重要視されるのは王の署名が入った結婚宣誓書だ。神を前に愛を誓い合う者は少なく、国王がいかに絶対的な力を持つのかを示している。


 結婚も離婚も書類一枚の提出で成立してしまうので、国民にとって結婚に対する意識はそこまで重くはないのも事実だ。


 とはいえ一定の身分以上の者は、書類はもちろん結婚式を挙げるのが通例だった。ルディガーと同じアードラーであるスヴェンが形だけとはいえ結婚式を執り行い、彼の結婚が知れ渡る事態になったのはつい先日の話だ。


 スヴェンもルディガーもタイプは違っても、それぞれ顔立ちは整っており、アードラーという立場も申し分ない。彼らに憧れを抱く女性も少なくはなかった。


 そんな中、手が届かない存在だと思っていたうちのひとりが結婚したとなると、自分にも機会があるのではと考える女性も現れてくる。


 欲しいものは基本的に手に入る貴族の令嬢たちだ。親の力や立場を利用し我こそは、と積極的に行動に移すのも不思議ではない。


 ディアナもまさにそんな女性のうちのひとりだった。


 さらに元々無愛想で近寄り難い雰囲気を纏うスヴェンよりも、愛想よく話し上手なルディガーには本気で熱を上げる令嬢たちも多い。


 実際にルディガーは上手く彼女たちをあしらうが、スヴェンと違って冷たく拒絶したりはしない。

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