04
セドリックの死から二ヶ月が経ち、生活も気持ちも徐々に落ち着く頃、セシリアは森に行く途中で偶然ルディガーを見かけた。どうやら非番らしい。
長い間話していない気まずさもあるが、ここは思い切って声をかけようと試みる。ところが少し距離を縮めて、彼のそばにエルザがいたのに気づき、すんでのところで思い留まった。
わずかに見えた横顔からルディガーがいつも通り微笑んでいるのがわかり、セシリアは慌てて踵を返す。彼らに背を向けて目的地を目指した。
そうだよね。私が心配しなくても、彼には婚約者がいる。彼女の存在が慰めになっているなら……。
薄情だとは微塵も思わない。元気でよかった。むしろ自分と会えば、兄とのことをあれこれ思い出させて余計につらい思いをさせるかもしれない。
セシリアは勢いよく駆けて森の奥へと進み、よく父に内緒でセドリックに剣やナイフ投げを習っていた場所にやってきた。
森の中でわずかに木の空いたスペースがあり、格好の秘密の練習場だった。訪れたのは久しぶりで、いつも的にしている木にはナイフ跡がいくつも残っている。
『いいかい、セシリア。止まっている的に当てるのと動く標的を狙うのとは、わけが違うんだよ』
不意に兄の声がリアルに蘇る。セシリアは袖口に潜ませていたナイフを素早く指の間に滑り込ませ、挟んで構える。そして勢いよく右手から放たれたナイフは風を切り、わずかな時間差を開けて木の幹に縦に一直線に並ぶ。
『先を見越して、相手の動きを予想して投げるんだ』
続いて視線を移し、生い茂る枝の先からわずかに葉が落ちてくるのを今度は一枚ずつ狙って左手からナイフを飛ばす。
何枚もの若い青葉は木の幹に磔にされ、まるで磔刑だ。
腕は鈍っていない。なのに気持ちは沈んでいく一方だ。セシリアは近くの幹に背を預け、そのままずるずると根元に腰を落とした。
袖口に余裕のある青のワンピースが汚れるのも気にしない。項垂れれば長い金の髪も地面につくが、もうどうでもよかった。
私も、前に進まないと。
ぎゅっと体を縮め、必死で自分に言い聞かせる。いつも通りに振る舞っているつもりだが、セシリアの心の奥底はずっと澱んで濁っている。
重たくて暗い感情を上手く自分で吐き出せず、処理もできない。
なんで私だけ、できないの?
父も祖母も、スヴェンもクラウスも、ルディガーさえ思うところはそれぞれにあるだろうが自分の責務をこなし、日常に戻っている。いつまでも中途半端な自分が情けなくてしょうがない。
セシリアは体勢を変えず、その場でしばらくじっとしていた。今日は日差しが心地よく暖かい。どこからか虫の鳴く声が聞こえ、さんさんと降り注ぐ太陽光は深緑を通してほどよい明るさと穏やかな空間を作り上げている。
ずっと浅い眠りを繰り返している不眠気味の体は、ゆるゆると睡魔に攫われていく。投げやりな気持ちもあり、セシリアは素直に受け入れた。
兄さん、私どうすればいいの?
静かな問いかけに返事はなく、セシリアの意識はすっと遠退いていった。