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01

 セシリアの父は、アルノー夜警団のアードラーとして当然のごとく息子に剣を与えて鍛えぬき、また彼に才能を見出されたルディガーやスヴェン、そしていつか国王の座につくクラウスにも剣を教えていた。


 おかげでセシリアは幼い頃から彼らを知っている。


 セシリアが五歳のときに母を亡くし、祖母のベティが母親代わりになった。ベティを支えるため、家の用事や家畜の世話、農作業などを手助けしつつ時間が空けばセシリアも剣を取った。


 歌や刺繍、ダンスにお洒落など同年代の女子が嗜むものには興味を持たず、兄と幼馴染みの後を追いかける日々。


 ただ本を読むのは大好きで、兄のお下がりの本をよく読み漁り、頭の良さや回転の速さは周りを感心させた。


「やぁ、シリー。今日もいい天気だね」


「こ、こんにちは、ルディガー」


 家の庭の手入れをしていると声がかかり、相手を確認してからセシリアはぎこちなくも挨拶した。彼に向き直り、礼儀としてスカートの両端の裾をちょこっと持ち挨拶する。


 兄の友人たちの中でも、一際セシリアをまめに気にかけたのはルディガーだった。


 他の面々も邪険にするわけではないが、四つも年下の女児をどう扱えばいいのか心得ていなかったのだ。それは年を重ねるごとに顕著になっていく。


 一番卒なく対応したのがルディガーで、おかげでセシリアは彼にもっとも懐いていた。


「見ないうちに髪が伸びたね」


「ルディガーは背が伸びたんじゃない?」


 十歳のセシリアは年上のルディガーに対し臆しもせずに会話する。年が下とはいえ、自分たちの立場は対等だと信じて疑わなかった。


 そう感じるのはルディガーがセシリアに合わせていたからなのだと気づいたのはかなり後の話だ。


「ねぇ、せっかくだから剣の相手をして欲しいの」


 格好に似つかわしくない発言がセシリアの口から飛び出し、ルディガーは目を丸くする。


 セシリアは長い金の髪をゆるやかに後ろでひとつにまとめ、体のラインがくっきりとわかるシンプルな濃紺のワンピースを着ていた。


「今、ここで?」


「うん。お願いできる?」


 ようやく見せた屈託ない笑顔にルディガーは頬を掻く。しばし迷ってから胸に手を当て、まるでダンスパートナーの申し出を受けるかのように軽く頭を下げて微笑んだ。


「もちろん。お姫様」


 当然、本気で相手をするつもりはない。間合いを取り一応剣を構える。余裕のある表情でルディガーはセシリアを見つめた。


 しかし、セシリアが自身の細身の剣を抜くと、途端に顔つきが少女のものとは思えないほど鋭く、真剣そのものに変わる。


 綺麗な青色の瞳がまっすぐに自分を捉え、この瞬間ルディガーは彼女が四つも年下の子どもだという事実を忘れてしまった。


 気を抜けばただでは済まない。ルディガーも思わず気持ちを入れ替えた。


 やがてキンッと高い剣同士のぶつかる音が響く。真正面からのぶつかり合いになれば力の差は歴然で、セシリアの顔がわずかに歪む。とはいえ下手に手加減をすればどちらかが怪我をしてしまいそうな緊迫さだ。


 ルディガーの微妙な葛藤を感じたのか、セシリアが不意に剣を引く。そして、すぐさま空いた左手からナイフが飛んだ。どうやら裾に隠し持っていたらしい。


 完全に裏をかかれたルディガーだが、すんでのところでかわす。ところが次の瞬間、懐に飛び込んできたセシリアがもう一本潜ませておいたナイフをルディガーの首に当てた。


 刃の冷たい感触にルディガーは軽く息を吐く。


「参った。どこでそんな戦術を覚えてきたんだい?」


 セシリアは相好を崩しルディガーからナイフを離すと、わずかに距離を取った。


「兄さんとね。剣技だけじゃどうしても男の人には勝てないだろうから、頭を使おうって話になって」


「セドリックも妹に大胆な技を教えるね」


 やれやれとルディガーは肩を鳴らした。


「得意なナイフ投げを活かしたの。なによりあなたが負けたのは、私を見くびっていたからよ。まだ子どもだって、妹みたいだからって」


 最後は口を尖らせ、あてつける。ルディガーは困惑気味に笑った。図星だからだ。


「負けたとは思いたくないが……。ただ実際、大事な親友の妹に傷をつけるわけにはいかないよ」


 セシリアにとって、ルディガーの返事はいたく気に入らなかった。


 否定して欲しかったのに、あっさり肯定されふくれっ面になる。そういうところがまだまだ子どもなのだと、今のセシリアにはわからない。


「でもまた腕を上げていて正直、驚いたよ」


「……ありがとう」


 素直に褒められ、迷いつつもお礼を告げる。追いつかないと思っていた相手から少しでも認められたのならやはり嬉しい。


「アルノー夜警団に入団したら、セドリックじゃなくてシリーに俺の副官になってもらおうかな」


「本当!?」


 なにげないルディガーの発言に、セシリアは詰め寄る勢いで感情を露わにする。おかげですぐにルディガーは失言だったと気づいた。急いで声のトーンを落とす。


「冗談だよ。セシリアは入団するべきじゃない。ヴァン師匠(せんせい)もそういう意向だろ?」


 父親の名前まで出され、セシリアの表情はすぐさま曇る。


 アルント王国では男女ともに十五歳から結婚が認められ、アルノー夜警団への入団も十五歳からだ。


 誕生日というはっきりとした概念はなく、だいたい生まれた季節が巡ってくると年をひとつとる。ちなみにセシリアは春生まれで、白くて小さい花を咲かすフューリングが可憐に存在を主張しはじめる頃だ。


 結婚に関しては、身分の高い者は家柄や親の意向が強く働くが、庶民は好き合った者同士でするのが通例だ。


 セシリアには父がアルノー夜警団のアードラーの肩書きを背負っているのもあり、それなりの縁談話も舞い込んできた。


 しかし父は娘の結婚に対し、身分や繋がりの強化などの思惑は一切なく、無理に婚約者を決めるやり方はしていない。


 これは亡くなったセシリアの母の考えや自分たちの結婚した経緯も関係している。とはいえ妙齢になれば娘には早く結婚して欲しいと願っていた。


 母親もおらず、自分もいつどうなるかわからない身だ。父親としては早く安心できる相手に任せたいというのが本音だった。


 その意に反し、幼い頃は兄と同じく剣を教えてもらっていたのに、十歳を過ぎた頃からセシリアはあからさまな兄との扱いの差に不満を感じていた。


 夜警団に入団したい!と一度希望を口にしただけで、父からは強く反対された。


「お前には務まらない」「夢見事を口にするな」ととりつく島もない。兄は必然的に夜警団に入ると決まっているのにだ。


 女性も入団は可能だが、なんせ危険が伴う。手放しで勧める親しい者はいないだろう。しかし、セシリアなりにそれも覚悟の上だった。

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