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05

 セシリアが城に戻ったのは太陽が山あいにすっかり姿を沈めようとする頃だった。馬を預け、アードラーの部屋にまっすぐに足を進める。おそらく会談はもう終了しているだろう。


「ただいま戻りました」


「おかえり、セシリア」


 ドアをノックし中に入ると、すかさず返事があった。机に向かっていたルディガーが、セシリアに視線を送って声をかける。しかし彼の表情はいつものにこやかなものとは違い、どこか険しい。


 セシリアはルディガーの元に歩み寄って尋ねた。


「バレク大臣との会談で、なにかありましたか?」


「いや。こっちの首尾は問題ない。いい具合に話をまとめた」


「それはなによりです」


 お互いに淡々とした口調だった。セシリアが机を挟みルディガーの真正面に立つと、ルディガーは鋭く投げかける。


「で、そっちは?」


「ほぼ、こちらの読み通りでした」


 セシリアは今日判明した情報を手短に報告していく。ルディガーは終始、渋い顔をしながらも話を聞き終え、引き出しからある書類の束を取り出した。


「そう言うと思って、ここ半年のうちに外で起こった死亡事案についてまとめさせておいた」


 まさかの先回りした行動にセシリアは目を丸くして資料を受け取る。


「ありがとうございます」


「セシリアや彼の言うように、偶然と思っていた件に、誰かの意図が絡んでいるのだとしたら放ってはおけない」


「そうですね」


 やっぱりまだまだ自分は上官には敵わないのだと思い知らされる。資料にざっと目を通しているとルディガーが再び切り込んできた。


「ちなみに、彼は信用できるのか?」


 セシリアはまっすぐにルディガーを見つめた。


「少なくとも、私はそう感じました」


 身元もしっかりと判明しているし、ジェイドの言い分に不審な点はなく筋は通っていた。雰囲気を探ってみたが嘘をついている素振りもない。


 ジェイドの言っていた被害者の情報を今し方確認してみたが、彼の元へ通っていたのも間違いない。そしてなにより……。


 セシリアは強引に話をまとめる。


「今日の報告は以上です。私はしばらくこの案件にかかります。再び彼の元を訪れる際は必ず元帥に前もって報告しますから……では失礼します」


 頭を下げ部屋を出て行こうとしたセシリアだったが、ドアに手を伸ばそうとしたところで突然右腕を掴まれた。


「セシリア」


 どうしてか名前を呼ばれたのが先ほどのジェイドとかぶる。おかげで反応が一瞬遅れた。ルディガーはセシリアを自分の方に向かせるとドアに手を突き、彼女の行く手を阻んだ。


「まだ、俺になにか隠してるだろ」


 疑問ではなく確信で尋ねる。すぐ近くで見下ろされ、影がセシリアの視界を暗くする。にも関わらず、ルディガーの真剣な表情ははっきりと瞳に映った。


「彼になにを言われた?」


 セシリアはふいっと視線を逸らした。


「……いえ。とくになにも」


「本当に?」


 声がさらに近くなり、見えないのに迫力を感じる。まるで詰問だ。そのとき顎に指をかけられ、セシリアは強引に上を向かされた。


「俺の目を見て答えて」


 ルディガーの懇願にも似た表情にセシリアの瞳も心も揺れる。


「今回の件には関係のない話です」


「それを決めるのは俺だよ」


 もっともな言い分にセシリアは観念する。ややあって乾いた唇をゆっくりと動かした。


「彼は……兄と知り合いだったんです」


 その発言にルディガーは目を見開く。セシリアはおずおずと続けた。部下からというよりも個人的に白状する。


「兄は彼と共に医学を学んでいたらしく……兄の私物も見せていただきました。なので色眼鏡な部分もあるかもしれません。ですがっ」


 続きは声にできなかった。ルディガーがセシリアを力強く抱きしめたからだ。


 もしもジェイドがセドリックの知り合いだと先に告げていたら、信用できるという自分の判断を信じてもらえない気がした。


 彼が兄の知り合いだったとは関係なく判断したとしてもだ。言わなくても、納得させる条件は揃っていたからあえて告げなかった。


 けれど結局はこうしてバレたのなら意味はない。副官として信頼を落としてしまったかもしれない。


 全部言い訳だ。セシリアはルディガーに対して兄の話題を口にするのが怖かった。


 いつも冷静で、基本的に余計な感情を挟まないセシリアだが、兄に関してだけはルディガーに対し、どうしても部下と個人との境界線で対応を迷ってしまう。


「シリー」


 ルディガーはセシリアの頬に両手を添え、額を重ねるとまるで子どもに言い聞かせるように話しかけた。


「俺に気を使わなくていい。それこそ他の男とこそこそされる方がよっぽど腹が立つ」


「毎回、飛躍しすぎじゃないです?」


 セシリアがいつもの調子で返すと、ルディガーも余裕のある表情に戻る。


「言ってるだろ。俺はいつでも本気だって」


 セシリアは呆れつつも、お互いに纏う空気が落ち着きを取り戻してきたので、かすかに笑った。ルディガーとしても、セシリアの気持ちも気遣いも全部わかっている。だから余計にやるせなかった。


 そっと彼女の頭を撫でる。いつもなら不服を唱えるところだが、このときのセシリアはなにも言わずに受け入れた。

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