8 ついにキタ!
エンドレスに来てから1週間が経過した。慣れない運動を一気にやったせいで、体中筋肉痛になった。ゆっくりゆっくり歩く様子を見て、ルーカスが同情するかのように声をかける。
「大変そうだな」
「運動をたいしてやってこなかった俺としては、あの量のランニングはキツい……」
「ははは。ドンマイ」
「今日はさすがに無理そうね」
アンナさんが、痛々そうにしている俺を見て、優しい声でそう言った。
「でも、操縦の方ならなんとか……」
「とりあえず、足を直してもらわないとね。近々1-Aも出る任務があるし」
「え? 初耳なんすけど」
「ルーカスから聞いていなかったの?」
アンナさんは、ルーカスの方をチラッと見る。ルーカスは、なにかを思い出したような表情を浮かべた。
「あっ、そう言えば言って無かった」
「そう言えばってなんだよ! で、任務ってなに?」
「あぁ、任務ってのは、次に行く惑星での仕事だ」
「次に行く惑星?」
「3日後、エンドレスは地球付近を離れ、惑星『ミールフス』に向かう」
「ミールフス? あそこって、人が住み始めたのが最近の星?」
「そうだ。あそこはまだ完全に整備されているわけじゃない。だから、近況を調べにエンドレスから何チームかをミールフスに向かわせる。その中に俺たちが含まれているってわけだ」
「近況って……。それもエンドレスの仕事なの?」
「そうだな」
「そういうことで、篠前さんにも一緒にミールフスに向かってもらうわ」
「マジか……。あ、だったら、初の地球以外の惑星に行くことになんのか」
「で、ルーカス。篠前さんには、1人で宇宙探査機に乗ってもらうの?」
「そのほうがいい練習になるんじゃないか?」
「え、それってエンドレスからミールフスに行くときの話? ルーカスが地球に来た時みたいな?」
「そうだ」
「ええ……、でも大丈夫かな……。実機なんてこっちきてから動かしてないし。それに、地球でも長時間は動かしたことないし」
「そのための訓練だ。だから安心しろ。それに、廻は俺と一緒に行動してもらうから、なんかあったらすぐに助けられるし」
「そうね。ルーカスと一緒なら大丈夫でしょう」
「そういうわけで、廻は足を早く治すように」
「お、おう……」
――3日後――
「――ただいまより、本艦は惑星ミールフス付近へと移動を開始します――」
エンドレス内に、アナウンスが流れる。俺は、1-Aの会議室の窓から、外の景色を子供のように眺めていた。
「うおっ動いた!」
「って、なんであんたが驚いてんだよ!」
まるで、初めて見たみたいな態度をとる、横にいるマリアさんに、おもわずツッコむ。
「なんか知らんけど、急に初心に帰った」
「なんじゃそりゃ」
「で、シノは初任務なわけだけど、今の心境は?」
「心境? そもそも、ミールフスに無事に行けるかどうかってところからかな……」
「ん? なんのこと?」
「宇宙探査機」
「え、自分で操縦してあっち行くの?」
「そうらしい」
「えー大丈夫なの?」
「それがわかんないから心配になってる」
「ま、なんとかなるっしょ。飛ばし過ぎさえしなければ」
「それはもう、痛い目見たっす……」
「ま、やるしかないよね~ガンバ。なんかあったら、ルーカスのせいにすればいいし」
「そうっすね。なんかあったら、ルーカスのせいにすればいいや」
「大丈夫だ。俺のせいにはさせないから。これから任務について詳しく話す。みんな聞いてくれ」
「――で、最後に今回の振り分けを伝える。俺と照花と廻で01エリアA、レナードとマリアと蒼史とルイザがB、ユゼとミヤカとアンナと卓ちゃんがCだ。以上だ」
「なぁルーカス」
「どうした廻」
「探査機に4人も乗んの?」
「4人?」
「Cとやらに向かうメンバーって、探査機動かせるの1人じゃないの?」
「私たちなら問題ないわ。私が操縦できるから」
「あっそうだったんすか」
「それじゃあ時間まで、各自準備しておいてくれ」
ルーカスの一声で、ひとまずその場が解散となった。数時間後、いよいよ俺は、初めて地球以外の星に降り立つことになる。
「なぁルーカス」
「どうした?」
「やっぱり、あっちって地球と感じ違う? なんか……過ごしやすさとか」
「そうだな……、一応人間達が住むにあたって、環境とかは極力地球と同じようにされてはいるが、ずっと地球に住んでいた人間なら、多少違和感はあるかもしれないんじゃないかな」
「ふーん……すごいな」
「そうか? 普通だと思うけどな」
時代に取り残された感。まぁ、つい先日まで、宇宙怖いとか言っていた人間だしなぁ……。
「どうした?」
「いや、なんでも。まぁとにかく、操縦頑張るよ」
数時間後、エンドレスがミールフス付近に到着したというアナウンスが流れた。それに伴い、エンドレス内が少し、慌ただしくなる。
「よし、みんないるな? んじゃ、行きますか」
ルーカスに付いていき、地下1階にある格納庫へ向かう。道中、次々と他のチームも、格納庫へ向かって行く。
格納庫へ着くなり、ミヤカさんが早速宇宙探査機に乗り込み、発進しようとする。カクさんが大慌てで、ミヤカさんの機体に乗り込む。
「待て待て待て待て! おいてくな!」
「てめぇがトロいんだよ」
「安全運転で行けよ、な」
「んじゃあアンナ、先行ってるわ」
「ええ」
「おい! 人の話聞いて――」
扉が閉まり、機体が急発進する。カクさんの悲鳴が、聞こえたような聞こえなかったような……。
「ミヤカは今日も絶好調だな。よし、それじゃあ各自無事に帰ってくるように」
ルーカスがそう言うと、それぞれ機体に乗って、ミールフスへと出発の準備をする。
「廻、照花。俺たちも行くぞ。俺は廻に合わせるから、照花は先行っててもいいぞ」
「1人で先行ってもつまんないから、私も2人に合わせるわ」
「そうか。それじゃあ廻、俺に合わせて後ろから付いてきてくれ」
「おう、いよいよか……」
宇宙探査機に乗り込む。エンドレスに来て数日、こんな早くに、自分で宇宙探査機を操縦して、他の星へ行くことになろうとは。地球でラーメンを食っていたのが、遠い昔に感じる……。
「基本はあの2人に叩きこまれたから……大丈夫か。ああドキドキする……」
システムを起動させ、発艦準備に入る。ここら辺の動作は、手慣れている。
「よし。ルーカス、準備完了した」
「そうか。それじゃあ行くぞ」
ルーカスが、宇宙探査機を宇宙に走らせる。それに続き、俺と月星さんも出発する。
視界に広がる宇宙の色。そして、巨大な宇宙船から離れるにつれ、近づいてくる惑星ミールフス。
「おお……」
あの装置で見た時と、宇宙の景色は変わらないはずだが、目の前に本物の惑星があるだけで、その光景は一気に現実味を帯びる。
「どうだ廻、快調か?」
「今のところは」
「よし、速度を上げる。後ろには照花もいるから安心しろ。行くぞ」
ルーカスの機体が、段々早くなっていく。それに合わせて俺も速度を上げる。大丈夫、この程度ならなんともない……。真面目に訓練をした甲斐があった。
「どうだ照花? 廻の様子は」
「後ろから見ていても、問題はないかな。ちゃんと安定してる」
「そうか。ならやっぱり問題ないかな」
「……シドシワルワ?」
「うん」
「結局伝えたの? シドシワルワの事」
「まだ言って無い。どっちにしろ、杞憂に終わればいいんだ。そのうち、なんとなく話すさ」
「そうねぇ……」
いよいよ、ミールフスが近づいてきた。目の前いっぱいに広がるミールフスを前に、無事に降り立つことが出来るか不安になってきた。
「しっかり付いてこい廻」
「お、おう」
なにも考えず、というか考えれず、必死にルーカスの機体を追っかけていくと、いつの間にかどんどんミールフスに近づいていく。次第に、周りの景色も、宇宙の色からだんだんと、よく知る青っぽい色へと変化していった。
「もう少しだ……見えたぞ」
宇宙探査機はやがて、宇宙から惑星内部へと辿り着き、ミールフス上空へ到達した。
そして思った。ここまで難なく来れたのは、短期間で上達した俺が凄いのではなく、この宇宙探査機が凄いのだと。
「本格的な初飛行なのに、よく飛べたじゃないか」
「そうなのかなぁ……」
「自信持て」
「うーん」
「それじゃあ、01エリアAに向かう。まぁなんも考えず、ついてくればいいから」
俺たちの目的地点である、01エリアAとやらに向かうため、ルーカスは軽快に進路を変えた。