9 のんびりなー
惑星ミールフス。人間が住めるようになった星の中で、1番歴史が浅い星。数年したらその座を、惑星ムタヘバへと譲ることになるだろうが。
地上に降り、辺りを見渡す。そこに広がる景色は、特に地球と変わりない、とても平凡なものだった。
「着いたぞ。01エリアAだ」
「一見、地球と大差ないな……」
「大抵の星は、地球に似せていますからね。地球のクローンみたいなものです」
「なるほど」
「それじゃあ、管理者のとこに行くぞ」
「管理者?」
「このあたりを管理している人。といっても、治めていたりしているわけじゃないけど」
「へぇ……そんな人がいんのか。んで、そこ行ってどうすんの?」
「ここら辺の情報は、基本管理者に入ってくる。管理者に、今のこの辺りの状況を訊いてくる、って感じだな。そして、なにか問題があったら、解決を図る」
「それ、ここまで来てやる必要ある? なんか通信とかでよくね?」
「ところがですね、管理者が必ず正しいことを言っているとは限らないのです。自分にとって都合のいいように改竄したり。前だって、どこぞの組織との癒着なんかが問題になったりもしました」
「はぁ……宇宙にきても人間は人間か」
「まぁそんなわけで、話を聞いたうえで、俺たちも実際に現地の様子をすこーし見るってわけだな、一応」
「それをエンドレスの人間が全てやんの? ミールフス全部?」
「全部っていうか、まぁ、一部」
「他の星も?」
「ある程度年数が経っているとこは、必要ないかな。俺たちがどうこう出来る範囲を、超えていたりするしな」
「大変だな……」
「実際はそうでもないんだけどな。ある理由で」
「ある理由?」
「まぁね。そうそう、ある理由絡みの話でもあるんだけど、宇宙を管理するのが、エンドレスだけにしておきたくないっていう世界連合の連中が、色んな手を使って、この度めでたくエンドレスに続く第2の巨大宇宙船を造ることになった」
「なんか、前聞いたけど。ってか、なんだよその言い方。良いことじゃないのか?」
「どうでしょう? 私たちにとって、良いこともあれば悪いこともあると思います」
「なんで?」
「エンドレスみたいなでかい船は、基本造ることが禁止されているんだよ。影響力が大きすぎるからな」
「まぁな」
「エンドレスの、所持者というか権利者というか……まぁ、そんな感じの人っていうか組織は、最初に世界中の優秀な軍人たちが、集まって発足した組織なんだ」
「軍? え、エンドレスって軍事兵器なの!?」
「いやいや、あくまで人間と宇宙の発達のために造られたものだからな」
「でも、そんな勝手なことして大丈夫だったのか?」
「勝手には出来ないさ。当時の偉い人たちが、半ば押し付ける感じで新組織に任せたって感じだからな」
「まぁ、厄介ごとを軍に押し付けた世界連合のみなさんでしたが、その後、思いのほかエンドレスは見事に成果を出し続けました。ですから、今となっては、それが自分たちのものにしたくてたまらないのです」
「そんなわけで、エンドレスを考えたのは俺たちだから、君たちはもう用済みだよ。って感じにしようと、世界連合の連中がしようとしたんだが、当然軍はそれを拒否。利権目的のやつらに渡したら、エンドレスが終わってしまうからな」
「でも、立場的には、世界連合のほうが上なんじゃないか?」
「一応な。ただ、世間的に圧倒的な支持を集めているのは軍の方だから、世界連合の連中が軍に下手なことをすると、一般人たちからの非難が凄いことになる。一般人からしたら、軍の方が政府より有能としか見えないからな」
「そうなんです。そんなわけで、世界連合は、名目上の世界のトップ止まりだったのですが、それを良しとせず、数年前から、人々に対して印象操作を行うなどして、現在では、軍と同様にみなさんのヒーローです」
「……それホント?」
「さぁな。ただ、ある時を境に、世界連合の動きというか手腕というか……。なんかまぁ、ガラッと変わったが時期があってな。その甲斐もあってか、この度2隻目の巨大宇宙船を、造ることになったってわけだ。大分簡単に言ったがな」
「……なんか話聞いてるとさ、2人ともそんな嫌いなの? 世界連合」
「私は普通ですけど、ルーカスがすごく嫌っていますね。なーんかすごく愚痴られる時があります」
「なんでそんな嫌いなの?」
「昔から因縁があるからな」
「んで、今の話がさっき言ったある理由とやらに、なんの関係があんの?」
「それはだな、軍が主導権を渡したくないがために、管理者を軍の関係者に変えられるとこは全て変えたんだよ」
「はぁ!? 軍の方が癒着してんじゃねぇか」
「はい。『どこぞの組織が』です」
「うわ……」
「そんなわけで、実際には身内から話聞いて終わり、って感じなんで、本当に大変なのは少ないってわけ」
「いいのか……それで」
「でもな、軍の関係者だって、必ず味方とは限らないからな。結局は、同じさ」
話に一息ついたところで、ふと周りの景色に目がいった。見慣れているようで見慣れていない、見たことない街を進む。そこにいる人たちも、何ら変わりない普通の人間だ。ここが、自分が長く住んでいた地球とは、遠く遠く離れている場所だというのが、なお不思議な気分にさせる。
数十分後、目的の場所へ着く。一見すると、普通の家だ。ルーカス曰く、管理者が駐在している場所らしい。
ルーカスが家のチャイムを鳴らす。が、反応がない。ルーカスがもう一度チャイムを鳴らすと、少し遅れて物憂げな声が返ってきた。
「ぁーい……どちらさま」
「エンドレスから来たルーカスだ。最近の01エリアAの様子を訊きにきた」
「あー……もうそんな時期か……。どーぞ上がって……」
鍵が開いたような音がした。それを聞いてルーカスが中に入り、俺たちも続く。中に入り進んで行くと、全裸にコートを羽織っただけの格好をした、眠そうな顔をしている女性が椅子に座っていた。
その様子を見て、俺と月星さんが一瞬ギョッとする。そんな俺たちを尻目に、ルーカスはその女性に声をかける。
「寝ていたのか? ミシェル」
「うん? ……あー……うん」
その女性の様子を物ともせず、平然と会話するルーカスに、その女性との関係をすかさず尋ねた。
「えっと……ルーカスの知り合い?」
「まぁな。彼女はミシェル。ミールフスの軍に所属している」
「でた。って、え? この人、軍人なの!?」
「そんな意外そうに言われても……」
ミシェルさんが、すごーくだるそうに呟き、おもむろに立ち上がる。そして、戸棚の方へ行き、戸棚から人数分のコップを用意して、冷蔵庫から持ってきた飲み物を注ぎ、俺たちにそれを出した。
「どーぞ」
「サンキュー。やっぱり、飲み物ったら『母母の紅茶・マイルドミルク』だよな」
「ルーカスはマイルドミルク派なのか。俺は『ストレートストレート』派だ」
「ストレートストレート? 『ストレートシュガー』じゃなくて?」
「ストレートシュガーもいいけど、どっちかっつーとストレートストレートかな」
「ストレートストレートがいいのか? 冷蔵庫に入ってるから、好きに飲んでくれ」
「って言うかあのっ」
母母の紅茶談義のさなか、今まで傍観していた月星さんが、ミシェルさんの方を見て、声を上げる。
「いつまでその恰好なんですか……」
「ん? あー……ごめん、着替えてくるわー」
「このあたりは、相変わらず平和だからねー、そっちに関しては特に問題はないかな。開拓も順調というか、ほぼ終わってるようなもんだし。なにかあったとしたら……、そういえば、こっちの話じゃないけど、隣である問題が起こったね」
「隣?」
「02に置かれてる、環境装置の動作が停止する事件がおこった」
「ほう。原因は?」
「ふめー」
「不明?」
「なんか、数分程度で元に戻ったらしい。まぁ、1台止まった程度じゃ、悪い影響は全くないんだけど」
「今も原因の究明は続いているのか?」
「と思うけど。私の管轄外だから知らね。まぁ、一応こっちでも注意してくれ、ってお達しが来たけどね。注意ったって、私がどうこう出来るもんでもないし。ましてや、あっちとこっちじゃ、造りが違うからあんま意味ねぇと思うんだけど」
2人が会話を続けている横で、月星さんに、ある事について尋ねた。
「あの、月星さん」
「はい?」
「環境装置ってなんでしたっけ」
「環境装置ですか? 環境装置というのは、地球以外の惑星にはなくてはならない装置ですね」
「そんな大事なものでしたっけ?」
「はい。まぁ地球に住んでいた篠前さんには、馴染みがあまりないと思いますけど。簡単に言えば、人が住めるように諸々の調整をする装置ですね」
「そんなもんが少しでも止まったら、大変なことになるんじゃないすか?」
「もし止まってしまっても、少しの間なら人体に与える影響は少ないはずです。それに、環境装置は惑星内にたくさんありますので、1つ2つ止まるぐらいでは問題は無いはずだったと思います」
「さっき、造りが違うとか言ってましたけど、1つ1つ違うんすか?」
「最近の惑星にある環境装置は、そうですね」
「最近の?」
「エウヌムなど、最初の方の惑星にある環境装置は、全て規格が統一されているものが使用されていました」
「別に、全部同じでもいいんじゃないんすか?」
「なんか、システムが解析されたら一気に危険になるとかの、リスクがどうこうって話が出てきて、それからなるべく同じものは造らないみたいになったそうです」
「へぇ……」
「そうそう。この前、世界連合のお偉いさんが来てたよ」
「世界連合がここに?」
「なんか、新しく出来る宇宙船の宣伝や、クルーの募集なんかの話をしてたっけな」
「そうか」
「で、私、立場上挨拶しとかなきゃなーって思って、お偉いさんが泊ってた部屋に、挨拶しに行ったんだよね。そのついでに、お偉いさんが、普段どんな会話をしてるか気になったから、盗聴器しかけたんだよね」
「ほう」
「んで、ワクワクしながら聴いてたら、なんかふつー……のどうでもいい話をしてた。『こどもたちがどう』だとか『せんべい? がどう』だとか。それに、なんか途中途中ノイズが走ったりして、よく聞き取れないのもあったし、つまんねーっと思って、聴くの途中で止めちゃった」
「残念だな。なんか弱みでも握れれば面白かったのに」
「まぁ、私は野心家でもねぇから、私がそんなもん持ってたって意味ねぇけどなー。そんぐらいかな? あとは」
「そうか。それじゃあ、また」
「おーい、せっかくだからゆっくりしていけよー」
「ちょっとやりたいことがあるんでな。廻、照花、お前たちはどうする?」
「どうするって……これから実際に見て回るんじゃないの?」
「それは俺がやっておく。報告もな。ついでに、02も見てくる」
「ルーカス、あなた本当はスカウトしに行きたいだけでしょ?」
「あっバレた? 仕事もちゃんとやるから安心しろ」
「君たちも、調査とは名ばかりの観光でもしてきたらどうだ? せっかくミールフスに来たんだからな。羽伸ばせ」
「そうだ。エンドレスは、2週間ぐらいはミールフス付近にいるから、急いで帰る必要もない。それに廻は、宇宙旅行したことないんだからさ」
「旅行ってお前……、仕事で来たんじゃねぇのかよ」
「ここのエリアの担当が、気が知れないやつならこうはいかないさ。それに、ミールフスは治安もいいしな。ヤガトジュとかと違って。要するに、俺たちはラッキーなのさ。今回は、レナードやユゼみたいに、ガミガミ言うのもいない。んじゃ、行ってくるわ」
「あ、おい……。えぇ……」
ルーカスは、そそくさとどこかへ行ってしまった。いいのかよ……。
「まぁ、今回の仕事については、アイツに任せておけばいいさ。それより君たち、ミールフスを見て回るなら、ここ自由に使っていいぞ。そのほうが、無駄金かからなくて済むしな」
「あー……そしたら、借りようかな。ね、篠前さん」
「え、旅行する気マンマンっすか?」
「ルーカスと一緒だと大体こうなるんです。もう慣れちゃいました。それに、私たちだけ戻っても、ルーカスが戻らないと結局意味ないですし」
「はぁ……」
「私、ミールフスはあまり来たことないので、色々と巡ってみたいです。1人じゃつまんないので、一緒に付いてきてください」
「はぁ、まぁそういうなら……」
……浅はかだった。その後、数日にわたり、月星さんに連れまわされ、ミールフスのいろんな場所へ行く羽目なるとは……この時は思いもしなかった……。