突破口
早朝からのドローンによる捜索は、六時間にも及んだ。
機械のバッテリーはまだまだ十分持ちそうなのだが、人間の方の集中力の方が持たない。
極度の緊張の中、わずかな異変も見逃すまいとモニターを見続けていた舞とハヤトは、ヘトヘトに疲れ切っていた。
とりあえず、昼休憩とすることにした。
村人からもらっていた握り飯を、二人はありがたく頂いた。
彼等が心を込めて作ってくれた握り飯だ。
しかし、それが子供を見つけて欲しい、という期待を込めての物だけに、何も進展がない今の状況を考えると、素直に味わっては食べられない心境だ。
「とりあえず、鷲に攫われたっていう可能性はないんじゃないかな。いくらなんでも、歩けるようになった子供と野ウサギじゃあ、重量が違いすぎる」
「そうね……これだけ捜したって見つからないんだもの、それはなさそう。でも……そうすると、やっぱり誤って川に落ちて、流されたのかも……」
「でも、相当下流まで捜したっていう話だろう? 水量もそんなに多くないし……」
「うん……そうすると、あとは誰かに連れ去られたぐらいしか考えられない。日数がこれだけ経ってるから、生きているとしたらそれしかないから、その方がいいんでしょうけど……どうやって見つければいいのか、見当もつかない……」
舞は、疲労と失望に、下を向いてしまった。
「……なあ、やっぱりおまえの親父さんに話して、手伝ってもらった方がいいんじゃないか? 俺達だけじゃあどうしようもない。俺も、俺の親父に話してみるから……まあ、忙しそうだから期待薄だけど」
ハヤトはそう提案しつつ、それが無理なことは把握していた。
彼女の父親は、自分の父親以上に忙しいのだ。
「ううん、それは無理……今、江戸にいるし、何万人っていう命がかかった仕事だって言っていたし……母様は、身重だし……」
「そうだよな……」
二人の間に、気まずい沈黙が続く。
こんな時、自分の父親ならどうしただろう、と、二人共が考えた。
舞は、自分の父親なら、三百年後の便利な道具に頼り切りにならず、人脈を駆使し、時には権力や財力までも使って、どんな難問も解決するだろう、と思った。
ハヤトは、自分の父親なら、忍としての情報網を駆使し、優秀な忍犬や鷹の力を最大限に使いこなして、あっという間に見つけてしまうだろうと考えた。
まだ、二人ともその域には到底及ばない。
はあ、とため息を、二人共が同時について、お互いに顔を見合わせ、苦笑いした。
「……集落の人達に、あれだけ期待されて送り出されて、やっぱり駄目でしたって言うの……気が重いな……」
「うん……でも、それも想定内のことだった。そうなったとしても、自分達の力不足をきちんと伝えることが試練なんだって、母様に言われてた。でも……これって、想像よりずっとつらいね……」
舞は泣きそうになっている。
勉強でも商売の手伝いでも、何でもそつなくこなしてきた、いわば優等生である舞が初めて見せる、落ち込んだ表情だった。
ハヤトは、だったら俺はどうなるんだ、と思った。
少なくとも、この探索において、彼が役に立つ事は皆無だった。
舞の護衛、と言えば聞こえは良いが、彼女はいざとなれば『時空の腕輪』で瞬間移動することができる。護衛など、不要なのだ。
「……でも、ハヤトがいてくれて良かった。私一人だと、もっと早くに心が折れてたかも……」
舞がわずかに微笑みながらそう言ってくれたのを聞いて、彼は、少しだけ救われた気がした。
――と、そのときだった。
「……うん? 何か聞こえた……」
ハヤトは、静かに呟いた。
「えっ? ……何が聞こえたの?」
舞には、鳥の鳴き声や、近くを流れる川のせせらぎがわずかに聞こえるぐらいだ。
「ほんの一瞬だけど、子供の泣き声が聞こえたような気がしたんだ。もう聞こえないから、気のせいだとは思うけど」
「……それ、どっちの方向!?」
舞が、血相を変えてそう尋ねた。
「あっちだ、川下の方……のような気がしただけだ、もう聞こえない」
ハヤトは、余計なことを言ってしまったと後悔した。
今、この状況で、確証のない、いい加減な事を言ってしまった。舞に無駄な仕事を増やしてしまったのではないか、と考えたのだ。
「ううん、ありがと、それで十分。確認してみるわ!」
舞は喜々として、荷物の中から小さな機械を取り出した。
小さな黒い箱から、黒い紐のような物が伸びていて、途中で二つに分かれていて、その先端に妙な突起がついている。
舞は、それを両方の耳にはめて、小さな箱を手に持って、ゆっくりと川下の方に向け、ゆっくりと動かしていた。
「……聞こえたわ、子供の泣き声!」
舞は、目を見開いている。
今度は、彼女にだけ聞こえて、ハヤトには聞こえないパターンだった。
「……俺には聞こえないけどな」
彼が素直に、困ったようにそう言うと、彼女はハヤトのすぐ近くにまで近寄ってきて、耳にはまっていた片方の突起を抜いた。
「この『イヤホン』を耳にはめてみて」
舞は嬉しそうに、その片方の突起を差し出してくる。
少し戸惑いながらも、それを受け取ったハヤトだったが、少し紐の長さが足りない。
舞はさらに近づき、ついに肩が触れあった。
「……これなら、はめられるでしょう?」
そう言葉に出す彼女の顔が、息がかかるのが分かるぐらいの近距離にあった。
思わず鼓動が高鳴るのを押さえながら、彼はそれを指示通りに耳にはめた。
「そのままじっとしててね……」
そして彼女は、また小さな箱を川下に向けて、ゆっくりと動かした。
すると、すぐ彼の耳にも子供の声が聞き取れた。
「……聞こえた! 多分、男の子だ! でも、どうして……」
彼も、思わず声を出してしまった。
「……これ、『指向性マイク』っていう物で、これを向けた先の音だけを拾って、大きくして聞かせてくれるの。間違いなく、この方向に子供がいるっていうことよ!」
舞は、希望を見つけたと言わんばかりの満面の笑みだ。
「いや、でも単に子供っていうだけで、今回の神隠しと関係があるとは限らない……」
「ううん、たぶん、あの子だわ。私の勘って、良く当たるのよ!」
確かに、それは否定しない。
舞の勘は、本当に良く当たる……というか、異常な程の精度なのだ。
ハヤトは、自分の父親の言葉を思い出していた。
「あの娘は、本当に天女なのかもしれない。いろいろと不思議な技をつかう……タクヤを超えるかもしれないな……」
という言葉を。
「さすがハヤトね。私一人じゃ、絶対に気付かなかった。さあ、行きましょ! ここでじっとしてて、その間に泣き止んじゃったら、捜すのもっと大変になるよ!」
『イヤホン』を外した彼女は、弾けるような笑顔で、ハヤトの手を引っ張った。
「あ、ああ。慌てて転ぶなよ」
そう言いつつ、慌てているのはハヤトの方だった。
行動力もあるんだよな、と、彼は再び彼女の能力を再認識し、そして握られた手の感触に、さらに鼓動を高めたのだった。