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~私の人形~

右腕の無い赤い服を着た少女が歩いてくる。手提げカバンを下げて、まるでこれから買い物にでも行くかのように。その少女の前に軍隊が迫っていた。

「ぜんたーい、止まれ!」と、少女の前で全身鎧を着た兵士たちが止まる。

兵士の数は200だ。馬に乗った指揮官が前に進み、訝しげに見ている少女に頭を下げた。

「あなたの名前を聞きたい。私はボルヘルゲ・マーテス。この臨時徴収された軍の指揮官だ」と、マーテスは少女リースに挨拶をする。

「私はリスティア・ウィズ・クライン。それが私の名前です」

リースはそのまま話した。

「あなたは魔王なのですか?」と、マーテスは聞く。

「いいえ」と、リースは答える。

「確かめる方法はあります。あなたが魔王ならば、いかなる攻撃もあなたには通じない。何故なら我々はあなたよりも魔力が低いからです。それに我々の中には契約者も何人かいます。その者たちは魔王の魔素を間違ったりはしません。まずは・・・そう。契約者、前へ出て調べろ」と、マーテスは言う。

「不愉快ですわ」と、リースは答える。

「しばし、お待ちください。事は昨日の夜なのです。ベルナンドの町に住む契約者の兵士から異常な魔素をあなたの家から感じたと報告があったのは。新たな魔王の誕生。そういう可能性も考えているのです。」

「ますます不愉快ですわ」と、リースはマーテスを睨む。

「・・・結果は」と、マーテスはリースを見ていない。契約者の兵士が耳元にささやく。

「魔力は感じない・・・感じない。魔素はゼロという事でしょうか。契約者だけが感じる魔素の流れを感じないそうです。そうなるとあとは槍であなたの右肩を貫いてもよろしいでしょうか?」と、マーテスはしかめ面から笑顔に表情を戻してからリースに問いかける。

「嫌ですわ」と、リースは答える。

すでに1人の兵士が構えを取っている。「それは聞けません。突け!」と、マーテスは叫ぶ。

リースの肩に槍は突き刺さる。肩から血しぶきが上がり、「いぐぅ」と、奇声を発する。

「・・・あなたは魔王では無い・・・それともあなたの家に魔王が来ていた?」と、マーテスは馬から降りて質問する。

「来ていたのかもしれませんわね。朝起きれば右腕は無くなり、兄さんは死んでいた。それだけですわ」

「・・・あなたの兄は魔王の召喚に失敗して、自分は死んでしまい、あなたの右腕も魔王に取られた?つまり、そう言いたいのですね」と、マーテスは言いながらリースの右肩を見ている。どこから現れたのか蜘蛛が右肩に、穴の開いた部分に入って行く。それを確かめようとマーテスはリースに近づく。

「いいかげんにして」と、リースは左手でマーテスの顔を叩いた。

「・・・急いでいるところ失礼しました。お止めした事は謝ります。すみませんでした。」と、マーテスは頭を下げて謝った。

「ふん」と、リースはそっぽを向いて軍隊を避けて街道を南下した。

マーテスはリースの後ろ姿を苦々しく眺めながら「ベイル・・・跡を追え」と、命じた。

「了解しました」と、ベイルと呼ばれた兵士は全身鎧を脱ぎ捨て、身軽な恰好でリースの300メートルほど後ろから追いかけた。

<リズ様、後ろから私の人形がついて来ています。>

「そう。軍隊に・・・あの指揮官に気づかれないように始末する方法を教えて」

<リズ様、恐れながら言わせてもらいます。リズ様の人形にすればいいのです。追跡者を>

「私の人形に?どうやって」

<待ち伏せをし、捕まえて、誓わせればいいだけです>

「わかったわ」と、リースは街道を外れて林の中へ入って行く。

ベイルと呼ばれた追跡者も慌てて林の中へ。

ベイルはいきなり姿を失った事に焦る。「そんなバカな」と、左右をキョロキョロと見る。


握力も脚力もリースは何倍にも強くなっていた。リースは通常では有り得ない速度で林の中を奥へ奥へと走った。魔王の書を開き、「1段階」と、左手を置いてつぶやく。

<リズ様、段階を1つ上げるには契約を結んでいる魔王を使用する条件を満たす必要があります>

「右胸を食べなさい。それと目を奪いなさい、メフィストフェレス」と、リースは言う。

<仰せのままに。それで何を使用されますか。千里眼と転移魔法陣を発動させる事ができます>

「千里眼」と、リースはさっそく使用する。

森のちょうど真ん中で盗賊に襲われている女性を見つける。リースは迷わず転移魔法陣を発動させた。下位契約者は緑、上位契約者のみ、色は変化していく。1人なら茶色、2人なら青へ。もしも転移される者の中にそれ以上の契約者がいる場合は無効となるが、今回はその心配は無いようだ。

転移は成功した。

「キャー」と、女性の叫ぶ声がする。

「運がいい」と、ベイルはつぶやき、声のした方角へ走った。

「ぐへへへ」と、ハチマキをした茶髪の男が緑のイブニングドレスを着た女性に剣を向けている。

「いや、いやぁ、いやぁあああああ」と、女性は叫び続けている。

ベイルは愕然とした。「そんなバカな」とまたつぶやく。


リースは盗賊と追跡者を観察していた。盗賊は当然許せないが、恋人か、夫を殺された女性の方はどうするか?そう、リースは悩みながらも魔王の書を開いた。

<ルキフグスの契約条件は悪なる存在も善なる存在も否定し、自分さえも否定する事です>

脳にメフィストフェレスの声が響く。血文字で白紙のページに同じ内容が書かれていく。

(私が身体を失えばどうなる?)<リズ様が死ぬにはわれら2人に死を与える必要があります。それには残り5人と上位契約を結ぶ事です。どうです?簡単でしょう>(私は死ねないの?)そう問いかける。魔王からの返事は返ってこない。(自分で確かめるしかない・・・)


痺れを切らしたように「おい、さっさと殺せよ」と、禿げ頭の大男が叫ぶ。

「それ以上殺すな。荷物だけ奪ってずらかる・・・わかったな」と、片目に黒の眼帯をつけた男がハチマキの男と禿げ頭の大男を睨む。

「ですね。大将」と、ハチマキで茶髪の男は剣をしまって地面に落ちている布袋を持ち上げて歩き出した。

「そうは言うけどよぉ。エレクトロ・・・たまには女の血も見てぇじゃねぇか」と、禿げ頭の大男は言う。

「バヤン、無抵抗の人間を殺していては次からここを通る人間がいなくなるだろ」と、黒の眼帯をつけた男、エレクトロは言って禿げ頭の大男、バヤンをもう一度睨む。

「ちげぇねぇ。バヤンさん。ここは我慢しましょうや」と、ハチマキで茶髪の男も言う。

「チャール、おまえに言われたかねぇ。お前も女をどうにかしようとしていたじゃねぇか」と、バヤンはハチマキで茶髪の男、チャールを睨み、笑った。

ベイルは自分が完全に無視されている事を幸運に思ったのか、それともあまりの事態の変化についていけていないだけなのか茫然としていた。

緑のイブニングドレスを着た女性は「・・・」無言になって黙っている。

いや、しゃべれないのだろう。

無言のまま女性は自分の斜め後ろへ四つん這いでハイハイをして移動する。

そこには頭から血が流れている男性が倒れていた。その男性に抱きついて「ラダルーー」と、女性は叫ぶ。

「おい、ちょっと待てお前らぁあああ」と、ベイルは叫んでいた。

「あれ?何だ?見逃してやっていたのに」と、エレクトロはベイルを見る。

チャールとバヤンはベイルの右と左にそれぞれ回り込んだ。

「・・・」

「三人で一斉にいくぞ」

「や・・・」(やめろーーー)ベイルは心の中で叫ぶ。

ベイルは目をつぶってしまった。


リースはベイルの前に素早く移動して、三人の盗賊の前に立ち塞がる。盗賊たちは一瞬戸惑う。リースは左腕を横に一閃した。盗賊たちの身体が真っ二つに。上半身と下半身が分かれていく。それをフェンリルが地面に落ちる前に食べる。リースは左腕をフェンリルに喰わせた。目をつぶり、目の中から蜘蛛が這い出している。両腕を無くし、右胸も無くし、気持ち悪い事この上ない少女リースが、青の下着姿で「ラダル、ラダル、ラダル」と叫び続けている女性の前に立つ。リースの後ろにはフェンリルがいる。

「・・・」女性は何もしゃべらなかった。口を大きく開けて身動きを止めていた。

「あなたは誰?」と、リースの問いかけに「メイリィ」と、女性は自分の名前をつぶやく。

「そう。私はあなたを救わない。助けない。ただ喰らうだけ。私はリスティア・ウィズ・クライン。リズと呼ばれる者・・・さよなら」(フェンリル、私ごとメイリィとラダルを食べなさい)

<完全な身体欠損は魔力の最大値を1段階、24時間失います。24時間以内だと13回まで失う事が可能です。14回目は24時間行動不能となります。お気をつけを>その声が脳に響くか、響く前にリースは巨大な顎に飲み込まれた。


ベイルは全身鎧は置いて来た事を悔いていた。

それでもベイルは衝撃に備えた。来るはずである衝撃に。頭を両手で抱え、守る。しかしどんなに待っても衝撃は来ない。何の音もしない。不意に。

「私はあなたを救わない。助けない。ただ喰らうだけ。私はリスティア・ウィズ・クライン。リズと呼ばれる者・・・さよなら」

そんな台詞だけが聞こえてきた。

自分がまさに追跡しているリスティア・ウィズ・クラインが傍にいる。

ベイルは目を開く。おそる、おそる。ゆっくりと。

誰もいない。巨大な魔素だけは感じる。行きたく無い。行くなと身体が命じている。そっちへ行ってはダメだと誰かが言っている。逃げるんだ、逃げるんだ、逃げるんだ。そう、脳は命令を繰り返す。

黒い渦がベイルの眼前に集まって行く。最初は小さな小さな渦だった。

それが人間の骨を形成し、肉が形成されて、少女の姿になる頃にはベイルは腰を抜かしていた。いや、立つ事ができなかった。青い下着を着て、赤いワンピースを着た少女が歩き出す。少女の目は赤く染まっている。いや、最初から赤だったのか。そう思うほどに。少女が何かつぶやくと金色の透けたコートを少女は羽織る。


脳裏に声が聞こえる。

<血をお吸いください、リズ様。名前を聞いて、血を吸えば契約は完了です>

「そう」と、少女リースは答える。

「・・・」ベイルは1歩も動けずにいた。すでに少女はベイルの肩をつかんでいた。

「あなたの名は?」

言えば終わりである。それだけはわかった。言ってしまえば終わりだと。ベイルは口を固く閉じて開くまいと決意した。

「・・・べ・・い・・る・・・」固く閉じたはずの口は自分で意思があるかのように話していた。

大切なベイルの名前を。

「覚えておくといいわよ・・・魔素が上の者にはいかなる物理的抵抗も精神的抵抗も無意味であると」

そう、少女リースは答える。

「私は何も救わない。助けない。」

首を嚙まれる。魔王に吸われた時のように血が吸われていく。

血を入れ替えられて完全なる下僕となる。逆らえば魔力供給停止。

それは死を意味する。逆を言えば停止されなければ死なない。不死の戦士だ。だが、メフィストフェレスは身体を治すために魔力供給するとは言わなかった。

「不死の身体を与えてあげる。それで部隊に戻りなさい」と、リースは言う。

まるで心を読まれたかのように与えられた不死・・・だが、仲間を裏切るつもりはない。

「・・・裏切ったらどうするつもりなのですか?」と、ベイルは聞く。

「あなたも軍も皆殺しにするわ」

「はは。ははは。これは怖い。じゃあ今すぐ殺してください。魔力を止めれば終わり。簡単でしょう」

「私には従えないというの?」

「当たり前だ!どうして悪魔の手先になど。死ぬ方がよっぽどマシだ」

<リズ様、痛めつけましょう>

「おしおき」と、リースはカバンから包丁を取り出して右手に握る。

包丁は長さ3メートル、太さ15センチの巨大包丁へ。

ベイルは思った。避ければ問題ない。

ベイルの予測よりも早くそれは振り下ろされた。ベイルは真っ二つになる。

「いぎゃああああああああああああ。痛いーーーいたい、いたい、いたい、いたいーーー」と、ベイルは叫ぶ。いや、口が二つに別れているので叫んでいるかは謎だ。リースは巨大包丁を振り上げて、また降ろした。叫び声が再び上がる。リースはさらに切り刻む。何度目か分からぬ切り刻みに「あ・・・あの殺してください。お・・・お願いします」と、ベイルは片目で涙をこぼしながら。いや、両目が揃っていれば両目で泣いていただろう。

リースは再び、巨大包丁を振り上げて降ろした。「やめろぉおおおおおおおおおお」

それは何度も繰り返された。リースの魔力で回復してきたところを切り刻む。

「もう一度聞くわ。私に従いなさい」

「・・・・・・指示に従ったら・・・殺してくれますか」

「ちゃんとやり遂げたらね」と、リースは答えた。

「約束してください」

「まだ誰が主かわかっていないようね」

「ひぃーーーちぎぃます。しなくていいです。もう許してください。切り刻まないでーー」

「・・・ふん。身体が治ったら報告に行きなさい」それだけ言うとリースはベイルの元から立ち去ろうとする。リースの肩にかかっていたコートが魔王に変化する。

<この人形を燃やしてもいいですか?リズ様>そうリースの脳に語りかけてきたのは銀髪で両目をえぐった黒いローブの男だ。右手に白紙の本を持っている。

「燃やすな」と、リースは命じる。

<では少しだけ>と、銀髪で両目をえぐった黒いローブの男はベイルの顔をつかみ、火傷させた。

「ひ、あつい。あぎゃ」と、ベイルは叫ぶ。

「名を名乗れ」と、リースは言う。

<ルキフグスでございます。リズ様。どうぞ覚えていてください>と、銀髪で両目をえぐった黒いローブの男、ルキフグスは跪いて下を向く。

ベイルは地面を半身だけで転がりながら3人目の魔王の姿を見た。

(気持ち悪い)それはベイルの素直な感想だった。切り刻まれた身体は徐々にゆっくりではあるが、元の状態に戻ろうとしている。

(いやだ、いやだ、いやだぁーーー。誰か助けてくれ。神様、助けてくれよ)そうベイルは心で叫ぶ。

「ベイル・・・あなたに死を与える事ができるのは私だと言う事を忘れないでね」と、リースの声が聞こえてくる。それも脳に直接。

(はぐぅ。心をまさか読まれている・・・読まれているというのか。いや、まさか)

「ベイル・・・あなたは私の人形・・・あなたにはもう秘密は無い。心を洗脳して操る方法もあるようだけど、それはしないわ。面白くないから」

(・・・・・・。殺してください)

「ちゃんと役目を終えたらね」と、リースの声は脳に響く。

(・・・やりとげますぅ。やりとげますからぁあああああ)

「ルキフグス、その人形の役目が終わったら燃やしていいわよ」

<リズ様はお優しい>と、ルキフグスは両目の無い顔で笑う。

(いやだぁああああああ。燃やされるのはいやだぁああああああ)

「あなたの態度次第で止めてあげる」

(この悪魔め。人の心は無いのか。)

「燃やす事が決定したわ」

(ひぃいいいい。嘘ですぅ。許してくださいぃいいい)

「・・・」リースは答えるのを止めた。放置する。それもいいわね。そう、リースは思い直してベイルのそばから離れて行った。(ルキフグス、コートに戻りなさい)そう、リースは念じる。

リースは金色の透けたコートを羽織り、魔力をゼロに戻した。


軍隊はリースの魔王の波動を、魔素をすでに感じていた。ベルナトスの手前で指揮官マーテスは待つ。

魔王の魔素を持ったベイル、3人以上の魔王の魔素を隠し持つリース・・・。

リースはやり過ごせるのか、それはベイルに委ねるしかない。


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