兄の掛け声
初の投稿作品です。遅筆です。いろいろとジャンルを調べてスプラッタ、サイコホラーを選択しました。
残酷描写は結構あります。そういう事を踏まえてお読みください。
「おい、こらぁあああ」と、玄関のドアを叩き壊された。
鳥の鳴き声でも無く、妹の優しい声でも無く、チンピラのような2人組の怒鳴り声。
そのチンピラの後ろにはターバンを巻いて髭を生やした大男。その上、ずる賢こそうだ。
「兄さん、兄さん」と、妹、リースの焦った声とドアを叩く音。リルルの部屋のドアをリースは必死に叩いている。
「兄さん、大変なの。ねえ、兄さん」リルルはすでに下に降りていて、先頭のチンピラたちを20メートル離れて見ていた。つまり、廊下にいるのだ。我が家の玄関から後ろを振り返り、右側にある階段を上って、2階のリルルの部屋へ行ったリースを責める事はできない。いつもならまだ寝ている時間だからだ。
「リース、ボクなら下にいるよ」と、リルルは叫んだ。リースは階段を降りて来て、廊下に出てリルルの姿を見つけると立ち止まってつぶやいた。
「兄さん・・・」と、リースは困った顔をしている。うん、わかっている。
そう、リルルは頷き、リースを片手でどかして玄関へ歩いた。
「よお、おまえさんが息子のリースか?それと2階に上がって行ったのは娘のリルルか?」と、チンピラの金髪で短髪の男は聞いてくる。
「違う。息子はリルル。妹はリースだ。」と、リルルは答える。
「へ。それはすまねぇ。なーに、どっちだっていいんだ。あんたの母さんが博打好きなのは知ってるよなぁ。そのせいで父親は身体を売られて熊のエサになっちまった。父親を売った金で母親はどこかへ行った。今までも一緒に暮らしていねぇ。でもなぁ・・・あんたたちの母親はおまえらを奴隷として売りやがった。どうせ回収できないと腹をくくっての博打だったのかもしれねぇ。だが、こちとらそういうわけには行かない。回収できないとなるとこっちの顔も潰れる。だから、回収に来たのさ。お前たち2人を奴隷としてなぁ。」と、金髪の男は睨む。
「そんなの横暴だ。無茶苦茶だよ。どうして奴隷として連れて行かれなきゃ行けない。それもあのボクたちを捨てた母さんのために!」と、リルルは怒鳴る。
「そういう契約だ。1日猶予をやる。逃げたければ逃げろ。もちろん、追いかけるがな」と、後ろの大男は低い声で言う。
「1日だけだ。明日の朝、もう1度ここに来る。それまでよく話し合ってみるこった。逃げた場合は家に火をつけて追いかける。覚悟しな」と、金髪の隣りにいた緑髪の男も言う。
「へ。そういうことだ。それじゃあな」と、金髪の男は背を向けると他の2人も背を向けて去って行く。
玄関は閉まらない。
壊されたから。リルルは玄関の先、三人組の背中を睨む。
「兄さん、どうしたらいいの?私たち奴隷になっちゃうの?」
「なあ、リース。父さんの遺言、覚えているか」
「覚えているけど・・・開けに行くの?あの赤い扉を。兄さんの部屋にある赤い扉を。あれを開けてしまうと元に戻れないよ。もうきっと人間の生活はできないよ。悪魔に魂を売るって事だよ。それでもいいの?」と、リースはリルルの胸に顔を埋める。
「リース」と、リルルは目をつぶり、リースの黒髪を撫でる。
「父さんの遺言は<母に復讐したいならしろ。そのための用意はある。赤い扉を開け。扉の先には一冊の本がある。悪魔の書だ。魔王と契約できる悪魔の書だ。開いてしまえばもう戻れない。悪魔と一緒に歩くしかない。覚悟が決まるなら開け。父より>。復讐の時は今じゃないのか。赤い扉を開き、復讐するのは」
「今は復讐の時・・・兄さんの言いたい事は分かるわ。分かるけど兄さん!いいの?人間を辞めてしまって。本当に後悔はないの?」
「奴隷として生きて行ってもいい。ボク1人なら・・・だが、リースまでも奴隷になるのは耐えられないんだ。例えそれが悪魔に魂を売る事になっても」
「兄さん・・・・・・。嬉しいわ。気持ちも分かる。私も覚悟を決める。行きましょう、2階の兄さんの部屋へ。」
「リース、すまないな」と、リルルはリースのいつもの服装に目がいった。青いワンピースの上に白のエプロン姿。どうやら料理を作っていたみたいだ。
「どうしたの、兄さん?」と、リースは聞く。
「いや、料理の途中だったんじゃないかと思ってな」と、リルルは言う。
「まあね。目玉焼きを焼こうとしていたら、あの人たちが来たから」と、リースは下を向く。肩まであるリースの黒髪ごと、両手でリルルは頭を撫でた。
「ちょっと兄さん?」と、リースは抗議する。
「2階へ行こう。」そう、リルルは言って玄関から後ろを振り返り、右側の階段を上った。リルルは短い黒髪なのでかきあげる必要は無いのだが、右手でかきあげる癖がある。それはイライラを隠すためなのか。やりきれないのか。そういう時にかきあげる。
リルルは茶色のドアを開けた。自分の部屋だ。見慣れた自分の部屋。
右側にはベッドがあり、左側には勉強机と数冊の本が置いてある。ベッドと勉強机の間に赤い扉はあった。父が死んでから開けた事の無い扉。リルルは熊と戦い、死んだ父の最後の台詞を思い出していた。
「兄さん。兄さんも父さんの最後の台詞を思い出しているの?」と、リースは聞く。
「ああ。いまだに理解できない台詞だ。それに遺言の手紙は死んでから2日後にやって来た。父さんに・・・この部屋に本をしまう時間なんて無かった。いや、やめよう」
「うん。この部屋に赤い扉なんて無かったよ。父さんが死んで・・・掃除をしていたら突然現れた。今でも覚えている。金色の魔法陣。この世界で7人の魔王と契約した魔術師が使用できる魔法陣と一緒に赤い扉は兄さんの部屋にやって来た。それだけでも嘘じゃないと思う。ねえ、兄さん。開けると戻れないよ。魔法陣の強制力は絶対的なもの・・・それでも開けるの?」
「正直、迷っている。リースを助ける道は他にないのか。そう考えたりもする。だが、リミットは迫っている。あの三人組は容赦も情けもかけてくれない。ボクたちを容赦無く、奴隷として連れて行くだろうさ。それに逃げたところであいつらの仲間が別の町にもいる可能性はある。あいつらは絶対捕まえる事ができるから、こんなくだらないゲームを思いつくんだ。ああ、それでも。それでもだ。この扉を開ける事は正しいのか。分からない。分からないけど、リース。ボクはお前を守りたい。例え悪魔と契約する事になっても」と、リースを見つめて、リースの手を握る。
「兄さん。悪魔に喰われればゲヘナにも天国にも行けず、その狭間で苦しむ事になるわ。そう、誰にも気づかれずに。時々、狭間を見る力を持っている人もいるけど。その人が最後の神様を信仰しているかどうかは奇跡の中の奇跡としか言いようがないぐらい低いチャンスなのよ。何兆年に1度あるかないか。だからその時は私も悪魔に喰われるわ。兄さん、独りじゃ狂ってしまうわよ。」と、リースは兄を見つめ返して答える。
リースの覚悟を汲み取ったわけでもない。沢山ある選択肢?いや、自分たちにはそもそもこの試練を乗り越える選択肢しか残されていないようにも見える。これが試練なら乗り越えられない試練は無い。神の計画に失敗は無し。そう、そのはずだ。
「扉を開けよう」目をつぶりそうつぶやく。それからやっとリルルは赤い扉を開けるために近づき、赤い扉の黒いドアノブを握った。
「兄さん、2人なら乗り越えていけるわ。」と、リースは言う。
「ああ」そう、つぶやき開けようとするもリルルはドアノブを回せないでいた。(自分は何かとんでもない間違いを犯そうとしているのではないか)
<回せよ。お前の本性を見たいなら>低い声が脳裏に響く。
「兄さん、手を離す事はできる?」と、リースは聞いてくる。
「い・・・離せない」と、リルルは叫ぶ。
<回さないならそこで何も食べず餓死して死ぬがいい。さあ、回せ>
「どんな悪魔が出て来ても2人でなら大丈夫よ。私も喰われて死ぬわ」
「バカな兄で悪かった。リース、頼りにしてるぞ」と、リルルは黒いドアノブに力を入れて回した。赤い扉は開かれる。いきなり悪魔が出てくるとか、そういう事は無かった。ただ目の前には金色の魔法陣の上に浮かぶ赤い表紙の本があるだけだ。
2人はその本に近づこうとする。
<大切な存在を殺せ。そして食べろ。それが契約の始まり>
悪魔の低い声は2人の脳裏に響く。
「ダメ!私に兄さんは殺せない・・・無理よ」と、リースは首を振る。
「おい、悪魔!じゃあ、生き返らせる事はできるのか?」と、リルルは叫ぶ。
<できる。我が君なら簡単な事だ。それにはわれら7人と契約し、かつ、冥府の底にいる黒きドラゴンいや、タナトスを倒す必要があるがな・・・>
「じゃあ、最高級の道具ぐらい貸してくれよ。どうせなら圧倒的な力で殺されたいし、殺したいんだ。頼むよ」と、リルルは言う。
<ダメだ。最高級、レヴァンティンという魔剣は貸せないし、渡せない。それはわれらが我が君と認めた者にだけ。殺しの道具なら台所にあるであろう・・・ほら>
2人の前によく砥がれた包丁が2本現れる。
「リース、ボクを殺せ。お前は生きるんだ。」
「ダメよ。そんなのできない。兄さんが私を殺して」
「リース、頼むよ」リルルは泣き出した。
「できない、できない、できない、できないってばーーーー」と、リースも叫ぶ。目尻には涙が流れている。
「じゃあ、こうしよう。リース、包丁を手に取るんだ。そして一斉に心臓部分目掛けて一歩前に飛び出す。なっ。これなら2人同時に死ねるぞ。2人とも悪魔に喰われてしまう。痛いのはほんの数秒だけだ。簡単だろ?」と、リルルはリースを優しく見つめる。
「本当に?」と、リースは聞く。
「ああ、本当さ。ほら、持って構えるんだ」と、リルルは包丁を持って構える。
「こう?」と、リースも持って構えた。「もう少し低く」と、リルルは言う。
「え?こう」と、リースは聞く。
「包丁を持っている方の肘をもう少し下げて刃先は斜め上に」と、リルルは言う。
「あっ。うん。」と、リースはそこで目をつぶった。
「いいじゃないか、リース。それであとは一歩前に直進すればいい。掛け声はボクが言う。一斉のーでで、行こう。準備はいいかい?」
「いいよ、兄さん。煉獄で会おうね」と、つぶった目からは涙が流れている。
リルルも泣いていた。リルルはこっそりと構えを解き、両手を広げてリースに近づいている。
「ああ、煉獄で会おう。ボクたちに最後の神様の導きがある事を祈って」
「はい・・・・・・はい」大粒の涙がこぼれている。
「一斉のーで!」と、リルルは叫ぶ。
「兄さん!」と、リースは前へ飛んだ。右手に生温かい液体がまとわりつく。
「・・・」次に重みが右肩と右手に。
「え?兄さん?」広げられたリルルの手から包丁は落ちて床で跳ねる。
「うそ・・・」
「うそよ!」と、リースは叫ぶ。
<さあ、食べよ>と、悪魔の低い声が脳裏に響く。
「兄さん・・・」リースはリルルを抱きしめた。包丁は胸を貫き、背中にまで突きでている。
膝を曲げて、兄を床に降ろして包丁を両手で抜いた。派手に血しぶきが上がる。
その血を浴びながらリースはおかしくなったのか、笑い出した。「うふふ、あはは、あはははは」
「兄さんだけを煉獄に行かせはしない。兄さんは私が身体に入れて持ち運ぶからね」そう言って、最初にリースはリルルの右手の指を切った。それをさらに一口大にまで切り刻み、口へ入れた。
「苦い・・・でもこれが兄さんの味」そうやって少しずつ、少しずつ口へ入れていく。
足の指も切った。太ももは食べやすいように薄く切って食べた。腹を切り裂き、腸の1部を取り出して1部分を切り取る。糞を取り出すために2つに切り分けて、血で糞を洗い流してから口へ入れて食べた。次に腎臓、肝臓も切り取り、食べて行った。心臓部分も薄く切り取り、食べた。
「兄さんの心臓・・・これが兄さんの核・・・おいしい」と、リースはつぶやく。
「次は顔」と、リースは目をえぐり出して食べた。耳を切落して食べた。髪の毛を数本切って食べた。何度も戻していた。吐いてもいた。それでもまたそれを飲み込む。飲み込んだ。右手でリルルのもうリルルとは分からないおでこの部分を叩く。ぐちゃと嫌な音を立てて潰れた。潰れた頭蓋骨と脳味噌をそのまま飲み込む。「兄さん、必ず生き返らせるから・・・待っていて」と、リースは血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を血まみれの腕で拭いて、さらに汚れる。
<上位契約の成立を伝える。大切なものを殺して食べた事でわれ、フェンリルとの上位契約。細部まで解剖し、かつ、死者蘇生という禁忌を求めた事でメフィストフェレスとの上位契約が成立。>
「名を名乗りなさい」と、リースは言う。
<われはフェンリル。われはメフィストフェレス。>と、2つの名前を聞く。
リースの後ろには2つの気配が現れていた。
黒き狼。燕尾服を着た口だけの目と鼻のない執事。
<名を教えてくださいませ。われら下僕に、我が君>と、リースの脳裏に低い声は響く。
「リースはあだ名。リスティア・ウィズ・クライン・・・あなたたちにリースとは呼ばせない。リズと呼びなさい。わかったわね」と、リースは答えた。
「はい、リズ様」と、狼は頭を下げ、執事は跪いて下を向く。
リースは立ち上がり、金色の魔法陣の上に浮かぶ赤い表紙の本を左手でつかんだ。
<魔王の書。残り5人と上位契約を結ぶならば・・・おのずとアビス(冥界の底)への黒き扉は現れます>
「残り5人。か細い道ね・・・それでもやるしかないわ。兄さんを生き返らせるために。」そう、つぶやいてリースは部屋を出る。赤い扉は役目を終えたからか消えた。赤い扉のあった場所は白い壁しかもう見えない。いや、壁しかない。それを見てからリースは階段を降りて行った。魔王の書を自分の部屋に置いて、風呂を沸かし、服を脱ぎ捨て湯につかった。
リースの嗚咽と泣き声と絶叫。それがどれだけ続いたか分からない。
裸で風呂から上がってきたリースは下着と薄い寝巻きを着て自分の部屋へ行って、ベッドに倒れるように寝た。無常にも次の朝は来る。奴隷商人たちのやってくる朝はもうすぐそばまで。




