習得した魔法を駆使して
翌朝、俺は宿屋のベッドで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む日差しが、昨日程眩しくはない。
ちょっと曇っているようだ。
特に理由はないが、昨日と同じ部屋を選んで泊まった。
まあ、気分だよね。こういうのって。
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俺は燻製肉と果物を食って、朝から森へと出発した。
相変わらず素手でリス殺しを続ける。
いい加減、この作業に慣れ始めてしまっているのが嫌だな。
早く武器が欲しい。
そして、その日は朝のうちに300ゴルを稼ぐことが出来た。
もろもろ合わせて620ゴルが今の俺の所持金である。
これであればショートソードが買える。
だがどうせならもっと稼いで、良い武器を買おう。
それと、昨日宿屋で気付いたのだが、防具も必要になってくるだろう。
そのために資金は多かった方が良い。
結局、午前中を全部費やして、所持金は1200ゴルになった。
これでもかってくらいリスを殺した。
絶滅していたらごめんなさいだわ。
町に戻り、武器屋に入る。
昨日と同じ店員が、俺に気付く。
「おっ、また来たのかい。今度は何か買って帰ってもらうぜ」
「そのつもりだ。ショートソードよりも良い奴で、1000ゴル以内の武器はあるか?」
「稼いできたようだな……それだったらこのシルバーソードだな。ジャスト1000ゴルだ」
「ショートソードよりはリーチが長いようだな……ほかに違いは?」
「強度もこっちの方が上だぜ」
ふむ。
武器を扱ったことがないからわからないが、ショートソードを3本買うよりシルバーソードを1本買った方が絶対いいよな。
武器の使い捨ては、どうも性に合わない。
「よし、じゃあシルバーソードくれ」
「毎度!」
俺は1000ゴルを払った。
+300ゴルで、色々付与が付けられるらしいが、今は丁重にお断りした。
「なあおっさん」
「ん?」
「おっさんって魔法使える?」
「基本的なのは使えるが…」
「習得するのにどのくらい掛かったか覚えてるか?」
「俺は脳筋だからなぁ…簡単なやつ一個覚えるのに1か月弱くらいかかったかな」
おいおい、それはかかりすぎだろう。
しかしまあ予想通りだ。
体育教師だって数学は理解できないだろうしな。
かなり語弊のある言い方だが。
「俺で一か月だ。兄ちゃんなら一週間以内には習得できんじゃねえの?」
「だといいけどな」
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俺は宿に戻った。
一応二泊三日で取っているから、まだ部屋は使える。
俺は部屋で一人、魔法書を開いた。
ここで魔法を覚えてしまおう。
俺にどの程度魔法の才覚があるのかは未知だが、なぜだか魔法文字とやらは初見で読める。
だとしたら意外と簡単に習得できるかもしれない。
「なになに?汝、己の魂に刻まれる―――――――」
俺はしばらくかけて、魔法書を読み切った。
何やら難しいことが色々と書かれていたが、内容は理解できた。
勉強は苦手なのだが、こういうのはスッと頭に入っていくようだ。
読んだ感じ、この本は風系の魔法書らしい。
魔法書にも色々種類があるようだが、属性ごとに分かれている物もあるんだな。
「えっと、まず手に意識を集中させて―――――――」
内側から細胞の流動を意識する。
そしてその意識を、腹から胸へ、胸から肩へ、そして掌に持っていく。
…ここだ!
「ファース!」
俺が唱えると、掌から目に見える白い糸のようなものが渦を巻き、部屋中に蠢いた。
部屋の中の家具や置物が一斉に音を立てて倒れこんだ。
おおっ!これが風魔法か!
「すげえ、1時間くらいで一個習得出来ちゃったよ」
あの武器屋、マジで脳筋だな。
そのあと俺は、部屋に入ってきた宿主のおばさんに、こっぴどく叱られた。
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風魔法ファースを俺は完全に使いこなせるようになった。
町を出て魔物に試してみて気付いたのだが、ファースと言う魔法に攻撃力は無い。
これは単に、普通の風を巻き起こすという魔法らしい。
まあ、そんなもんだろうな。
俺は森の中で座り込み、再び魔法書を読み込む。
どうせならもっと魔法を習得してしまおう。
その中に、”ファファース”と呼ばれる魔法が書いてあった。
掻い摘んでいうなら、ファースの攻撃力有りバージョンみたいな感じだ。
俺は30分足らずでそれを習得。
「ファファース!」
木に向かって放つと、木の幹に無数の切り傷が付いた。
木の皮の破片があたりに飛び散る。
かまいたち的なあれか。
「これなら…」
素手でリス殺しをしなくて済むかも!
俺はさっそく近辺にリスを発見。
絶滅はしていなかったようで、安心した。
「ファファース!」
白い風の渦が、リスに襲い掛かる。
リスは無情にも切り刻まれ、一瞬にして煙と化した。
儚くも、その場には20ゴルだけが残っていた。
「うっほ!余裕ー!」
これなら資金は簡単にたまる。
あとはシルバーソードも試しておきたい。
俺は腰に携えたシルバソードを抜き、握ってみる。
宿の部屋で握ったが、外で握るのとではまた全然緊張感が違うな。
「よし、俺の腕の見せ所だな」
別に見せる相手なんていないんだけどな。
すると、今までずっとスルーしてきた大きな犬を発見。
ブルドッグが狂暴になったような見た目をしている。
こちらに気付き、舌なめずりをして見せる。
「ぶっさいくな面だな。斬りおとしてやるよ!」
ブルドッグは俺目がけて突進して、牙を向ける。
俺はそれを華麗に躱し、ブルドッグの腹に一撃を浴びせる。
ブルドッグはいとも簡単に両断され、煙と化した。
その場には、50ゴルが残った。
「うっわ、余裕だな」
これはマジで未来が明るく見えてきたな。
俺は調子に乗って、未踏の森の奥へと足を踏み入れた。
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ブルドッグとリスを、魔法と剣を駆使して蹴散らしていく中で、短時間で所持金は800ゴルにまでなった。
明らかに効率が違う。
やはりしっかり備えをしてきてよかった。
「ウハウハだわ~」
と、呑気な俺の前に、30センチくらいの巨大な虫が現れた。
見た目はたぶん、蜂の仲間だろう。
俺の嫌いな羽音を掻き鳴らして、宙を飛んでいる。
「虫かよ…くっそ気持ち悪ぃ…」
巨大蜂は俺目がけて尻の針を刺してくる。
だが動きは遅い。
俺は針を、剣で弾いた。
金属音が鳴り響く。
「かってぇ針だな…」
こうなればやることは決まっている。
「ファファース!」
魔法を放つが、巨大蜂は風を受けても殆ど無傷だった。
どうも、羽を上手く使って風の軌道を躱しているようだ。
昆虫は人間よりも目がいいと言われているから、納得だ。
最初は狼狽えたが、原因が分かれば怖くない。
「だったら直接剣で勝負だ!」
俺は自ら巨大蜂に突進。
そして激しい剣幕を浴びせる。
傍からどういう風に見えているのか若干気になるが、今はこいつを殺すのが最優先だ。
そして、やっとのことで羽を一枚斬りおとす。
バランスを崩したところで、最後の一撃。
巨大蜂は煙と化した。
「ふぅ~、まあまあ手強かったな」
手強いと言っても、今までの魔物に比べればの話だ。
今のところ、戦闘に何ら不自由はない。
巨大蜂は、銀貨を1枚…すなわち100ゴルを残していった。
「効率的にはまあまあかなぁ」
その後も俺は次々と魔物を倒し、所持金は3000ゴルにまで達していた。




