この手で金を稼いで
目を開けると、俺はベッドに寝ていた。
知らない天井に、知らない匂い。
どうやら転生とやらはうまくいったようだ。
そこは、個室だった。
朝の日差しとやらが、傍の窓から部屋の中へと降り注ぐ。
薄灰色のカーテンを開けると、日差しはより一層降り注いだ。
窓から外をのぞく。
「おぉ、本当に異世界だ」
見るからにファンタジーチックな、中世ヨーロッパっぽい世界。
変な生き物が馬車を引いている。
なんだか知らんが、手から炎を出して曲芸をかましてる奴もいる。
雰囲気も、元いた世界とは全然違う。
こういう雰囲気は、実は結構好きだ。
「さてさて、俺の素質はなんだ?」
まあ、すぐに判明しないのは知っている。
とりあえず立ち上がり、まずは服装チェック。
俗に言う、異世界の服…庶民の服と言った感じだな。
金持ちからすればみすぼらしくてしょうがないんだろうけど、俺はそうは思わない。
カジュアルでいいじゃないか。
扉を開けて外に出ると、廊下があった。
他にも扉がいくつかある。
たぶんここは、宿屋だろうな。
階段を下りて、カウンターを過ぎ、宿屋を出ようとする。
すると
「おいあんた!」
声の低いおばさんに呼び止められた。
おばさんは、カウンターの奥に立っていた。
宿屋の宿主かな?
「金を払わずに出て行こうとするとは、根性だけはあるようだね」
「いや…」
「だが根性があっても金が無けりゃここから出しはしないよ!」
金?金ってなんだ?
いや、金は知っているぞ!
落ち着け、俺。
ダメもとでポケットを弄ってみる。
すると、チャリンという快音が俺の手に、俺の耳に響き渡った。
その音に、宿屋のおばさんも笑みを浮かべる。
「なんだぁ、持ってるんじゃないか」
「そ、そりゃそうですよ」
くそ、あの神(予想)。
悪戯心が何か知らないが、とんだ場所に転生させやがって。
だがまあ、金をポケットに入れてくれたことには感謝しよう。
奴にも一応、”心”はあるようだ。
ポケットから出したお金を、とりあえず全部カウンターに置く。
「2枚余計だよ」
「あー、はいはい」
銀色の硬貨を、2枚だけポケットに戻す。
「120ゴルちょうど貰ってくよ」
「はいはい、お世話になりましたー」
俺は宿屋を出た。
外は、明るかった。
背の高い建物が少ないおかけで、空が広く、日差しが良く入ってきている。
しかしなんだろう、熱くはない、温かい。
ただ、眩しいのは困る。
レンガ調の建物や地面が目立つ。
地面は割とボコボコしていて、調子に乗っていると躓きそうだ。
ちなみに、宿屋はレンガに反してウッド調で出来ている。
だが雰囲気は出ているな。
「兄ちゃんちょっとごめんなー」
突然、スキンヘッドの大男にそう言われ、俺は道を開ける。
大男は片手に巨大なニワトリを担いで、宿屋に入っていった。
仕入れか?
にしてもなんだあのサイズのニワトリ…孔雀くらいあるんじゃないか?
流石は異世界。
まずは何をしようかと考えたが、試したいことは色々ある。
出来るだけ早く、俺にはなんの素質があるのかを知りたいところだ。
ステータスとか見れるのかと思っていたのだが、そういうシステムはないらしい。
あれ結構便利だと思うんだけどな…。
「ん?ギルド?」
そこには、不思議な文字で”ギルド”と書かれた看板と建物があった。
見たことのない文字だが、なぜだか読めた。
これが俺の素質?いやまさかね
とりあえず入って、カウンターにいる可愛いお姉さんに話しかける。
「仕事?」
「ここはギルドだろ?なんかお仕事ない?」
仕事と言っても、たぶんここにあるのは依頼とかクエストとかそういう類だろう。
魔物を倒して金を稼ぐ、面倒だが普通に働くよりもマシだ。
「依頼ならいくつかありますけど…」
「魔物討伐は?」
「あー、今はちょっとないですね」
ない?ないなんてことがあるのか?
「この町にはよく冒険者が来るんですよ。だからそういう依頼はすぐに持っていかれちゃうんですね」
「競争率が高いんだな」
だがこれで、魔物討伐が如何に効率が良いのかが分かった。
残っている依頼は薬草採集だの荷物運びだの子守だのばかりだ。
そんなことをやっていては時間がもったいない。
「ほかに金を稼げる方法ってないもんかね」
「魔物を倒すってだけでお金を稼げるじゃないですか」
「なに?そうなのか?」
「えっと…知らないんですか?」
そうか、俺はこっちの世界に来たばかりだから知らなかったことのように驚いているが、こっちの世界の人間にとっては常識なのか。
異世界から来たことを言っても俺に得はない。
ここは伏せて、ごまかそう。
「あ、あーそうだよねー、確かにー」
「冗談キツいですよ。病院にでも送ろうかと思っちゃった」
それは言い過ぎだろ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、魔物を倒せば金が稼げると聞いて、町を出てみたのだが、いろいろ問題がある。
まず、魔物がどんな見た目のなのかを知らないこと。
そして、魔物をどうやって倒せるのかということ。
さらに、魔物を倒して何が金になるのかということ。
俺は本当に後先を考えない。
すると、なんだか大きなリスが俺の前を通り過ぎた。
動きはさほど早くはない、大き目の尻尾が特徴的だ。
顔は不細工だ。
とりあえずダイビングを噛まし、ひっ捕らえる。
胸で押さえつけ、その状態で手で頭を押さえつけ、体勢を立て直す。
持ち上げ、思い切り叩き付けた。
すると、リスは煙になって消えた。
「おおっ、雑魚だこいつ!」
そこには、2枚の硬貨だけが残された。
見た感じ、銅貨だ。
先ほど宿代を払ってなんとなくわかったが、この世界の通貨はゴル。
そして、銅貨1枚で10ゴル、銀貨1枚で100ゴルだ。
なんかややこしい。
とりあえず銅貨2枚、すなわち20ゴルをポケットにしまう。
なんだろう、素手での殺生はナンセンスな感じがしてならない。
武器が欲しい。
「でも買う金がないからね~」
とりあえず今は我慢して、金を稼ぐほかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は森に入っていた。
町を出て少し歩いたところにある、小さな森だ。
そこでもリスを叩き付けて金を得る。
たまに出てくる大きな犬の魔物は、危ないから気付かないフリをして無視をしている。
武器が手に入ったら相手になってやろう。
「ふぅ~、さて、どのくらい溜まったかな」
1時間ほど外でリス殺しをしていたため、金はまあまあ集まったはずだ。
数えてみると、銅貨が22枚。
220ゴルが手に入った。
相場が分からないのでリアクションがしにくいが、これだけ疲れたのだからそれなりであってほしい。
休もうと森の中の木に腰かける。
「いてっ!」
すると、木の上から何かが落ちてきて、頭を直撃。
つむじにもろに当たったから、たぶん明日は下痢になるだろう。
見てみると、落ちてきたのは一冊の本だった。
それも、かなり古い本で、厚さは中学生の英語の辞書ほどだった。
「魔法…書…?」
相変わらず文字は読めた。
魔法書と書かれた本を開いてみる。
中は文字がびっしりだった。
しかし何故か、本の中に書かれている文字は、俺がこっちの世界で見てきた文字とは明らかに形状が違う。
俺は、その文字まで読むことが出来た。
「え?俺の素質ってどんな文字でも読めるとか、そういうやつ?」
だとしたら残念極まる。
俺は言語学者になりたいわけではないのだ。
解読されてない文字を読めればそれはそれで金になるかもしれないが、非合理的すぎる。
「でもこれ…貴重な本ってパターンも全然あるよな」
こういうのは大概、貴重なのだ。
俺はそれを持って森を出た。
その一冊の魔法書を拾ってしまったことで、この世界は波乱の一途を辿ることになるとも知らずに。