#4 そして、また来年。
「何処から聴こえて来る?あの声は……」
俺達の仄かな光で何とか周りが見えてきた。
中世の鎧が何体も並んでいるこの地下。薄らぼんやりの明かりの下、それが今にも動き出しそうで不気味に感じる。
「こっちよ!」
少女は耳元に手を持ってゆき、的確にその声が聴こえる方角を指差した。そして、俺達は進んでゆく。
此処には、罠は無いようだ。有るのは、あの言霊。そして、終にあの言霊がはっきりと聴こえる場所に到着した。
そこは、アーチ状の石が積まれた部屋だった。ドアを開けると、中央に、石段があった。その上に、透明なガラスケースで覆われた七色に光る石らしき物が見える。
「あれね!」
少女は、我先にと言った感じでそこへと進んでいく。
「おい!気をつけろよ!」
俺は嗜めるように言った。少し気になる。確かに此処に来るまでに色々な罠が有った。が、地下に来た途端パタッと無くなったのである。此処に来て何か有るかもしれないとそう思ったからだった。
少女がガラスケースを持ち上げたその瞬間。悲鳴にも似た声が劈いた。それが言霊の声だと、判った。
俺達は、耳を塞ぎその声を遮断するしかなかった。微妙にだが、この地下自体が揺れている。頭上から、埃やら砂やらがパラパラと落ちてきた。
「ケースを閉めろ!」
俺は叫んだ。少女は、言われた通りそのケースを宝石の上に被せた。すると、揺れや劈くような声は収まった。
「どうすれば良いのよ!」
少女は、此処まで来たのに!と言う風にうな垂れた。
「何かこれを解く鍵は無いのか?」
「判らないわよ!」
結局どうすれば良いのか?俺達には判らない。暫く俺達は黙ったまま石段の上のケース前で立ち尽くしていた。
「俺達が此処に来た理由、それは、自分が何なのか?それを知るためだったよな?」
原点に返るつもりで俺はそう言った。
「そうよ。あなたが言い出したことじゃない!私は、あなたに付き添っただけ。興味が無い訳じゃなかったからね。好奇心よ!」
「付き添った?好奇心?それが問題なのかも……」
俺は、心を改めて今度は自分でそのケースを持ち上げた。すると、
「汝、光に属する者か?それとも闇か?」
声は、そう問いかけてきた。悲鳴も揺れも起こらなかった。
「そんなことは判らない。俺は、自分が何なのか?それが知りたいだけだ!」
「……ならその宝石を取りたまえ。そして、最上階に行くのだ。そこで全てが明らかとなるだろう」
消え入る声に慌てて、
「ちょっと待ってくれ?この少女も一緒にお願いしたい。彼女も、自分が誰なのか?判らないんだ!」
「お前が望むなら、それもよし。さあ行け!自らの宿命を持ちし者よ!」
今度こそ声は聴こえなくなった。言霊さえも聴こえないシーンと静まり返ったこの場所。俺は言われたとおり七色に光る宝石を手に取った。
次の瞬間、俺と少女を一纏めに取り巻くようにシャボン玉のような光が身体を覆った。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
気が付いたら、その光の中に閉じ込められて上昇していく。天井まで届いた時、ぶつかると思ったが、その光はその天井を貫き、そして、さらに上層へと突き進んでいく。
気持ち悪いと思った。が、暫くすると高速で浮上していく為、景色はオーロラの様にキラキラと煌いている。さっきまでの不快感は無くなった。
「これ!何処まで行くのよ〜!」
「最上階だろ!キミも来れて良かったよ!」
「悪かったわね!お荷物で!」
「荷物だ何て思ってないよ!もっと素直になれないのかキミは!」
「これが私の性分なの!」
そんな会話もあと僅かかと思うと、何てことは無い。可愛いじゃれ合いだったなと思う。
そう楽しかった。
こうして会話できて、旅が出来て……
だから、
「ありがとう」
と照れながら呟いた。
「うわっ!何なの?それ!背中がかゆくなっちゃう〜!」
「何とでも言え!」
少女はケラケラと笑っていた。俺も思わずプッと噴き出した。そして、俺達は終に最上階へと到着した。
最上階は、光の渦であった。地下とは正反対だった。真っ白な世界。目の前が眩しくて、これはこれで目を開けていられない。俺達は、
目を凝らしながら、何処に王冠が有るのか?それを探した。
「ちょと!何処に居るのよ?手でも繋がないと判らないじゃない!」
その言葉に、薄っすらと影らしいものが見えるそれを触った。少女の細い肩だった。
「手、繋ごう!俺は此処だよ?」
俺達は少女の手を探り、少女も自ら差し出し手を繋ぎ、そして二人で王冠を探した。
この光の中だと、物と言う物に影が出来るのではなかろうか?そう思い目を凝らす。
そして、歩き回る。何処がどこなのか?それさえも判らない。でも、歩き回る。ただ、少女の手の温もりだけを感じて。
「ねえ、今幽かなんだけど、あそこに何か見えた!」
少女は、俺の手をギュッと掴んでそう言った。
「何処?」
「ちょっと後ろに戻って?ほらあそこ!」
確かに何かがあるように思える。白い光の溢れるこの最上階に、一点の曇りが見えた。
「王冠って、黒い墨みたいな物なのか?」
「知らないわよ……でも、あれじゃ無い?そうとしか考えられないじゃない?」
俺達は、そこに向かう事にした。
近づいてくる影。それは、だんだん王冠の形に作られて、確かにそれが王冠なのだと二人して悟り、手を繋いだまま走り出した。
目の前には、大理石のようにすべすべした石の上に古びた金属と言うには程遠い、木の王冠があった。何とこの七色の宝石に似つかわしくない王冠。
「ほら、見つけたんだから、さっさと嵌める!多分この窪んだ所だと思うわよ?」
王冠の前頭部にそれらしい穴が有る。俺はそこに手に握っている七色の宝石を当てはめようとした。が、途中で少女の逆の手を取り、
「一緒に嵌めよう?」
と言った。此処まで来れたのも少女が居たおかげだ。だから、俺はそう言った。
「全く〜これだからロマンチストは……」
「悪かったね?」
俺はそれでも一緒に行いたかった。
「これで最後よね?私達、多分離れ離れになるわ?でも、あなたの事ちゃんと覚えているからね?」
「そう言ってくれると思ったよ?俺も忘れない……」
そして、スッと王冠に宝石を埋め込んだ。
その瞬間、辺りは星空に変わった。
そして、俺の思考に割り込む映像。
月が……あの青白い名を忘れた月が俺を見下ろしていた。
「此処にお帰り。キミは月が流した涙。本来此処に居なければならない存在。満月の夜に零れ落ちた欠片。だから、早くお帰り……」
星が瞬いている。月が俺にそう言っている。
「俺は、月だったのか……」
思い出した。毎夜この地上を見下ろしていた月。そして、彼女は……月下美人。
夜にだけ咲くサボテン科の花。真っ白で美しく華やかな花。
この、晩夏に、ただ会いたくて俺は涙を流し、地上へと降り立った。俺は、彼女に恋をした。そうだった。
「ただ会いたかったんだ……」
太陽が東の空から昇る。
今帰らなければ帰る事が出来ない。俺は、白んでくる空に浮かんだまま地上を見た。少女が俺に手を振っていた。声は聴こえないが、唇が描いたそれは、
「また来年会いましょう。お月様?」
少女はスッと消え去った。お城ももう、無い。
「また来年。会おう?か……」
俺は、フッと笑い、そして、ドンドンと上昇した。
太陽の光が、俺の姿を消していく。
「俺は太陽の光で存在をあらわに出来る月。影の存在。でも、姿は見える。そして、ちゃんと此処に居る」
ぼやけた思考の中、俺は本体である月と同化した。
―闇は、光に憧れて〜光は闇を宥めるが〜その先には空と海のように交わらない〜―
何故かこの言霊が頭に流れる。だけど、それは心で打ち消した。
また来年、彼女に会えることを切実に祈りながら……
最後まで読んでいただき有難うございます。
簡単なお話でしたが、正体は、月と月下美人でした。
人間だけでは無い、この世の物に生命を吹き込んだ。
そんなお話を書いて見たかったので、書いた作品でした。次は、占夢者でお会いいたしましょう^^