#1 出逢い
中途半端な浮遊感が、俺の身体を包み込んでいる。いや、周りが水なのだと感じ取る事ができた時、今自分が置かれている状況をやっと把握した。
水に沈んでいるが何故か苦しくは無い。口からボコボコ息が漏れているのにも係わらず何故か苦しくないのである。だけど、このままの状態で居る訳にはいかないのではなかろうかと感じ取れた時、重たい目蓋を開いた。
すると水上からの金色の光が目に入った。
その光は、キラキラと水の中で煌いていて、何故か心地が良く、俺は思わず吸い込まれるかのように、この水の中から体が浮上していくのを感じ取った。
浮上して、俺は、水面に身体を横たえていた。そうまるで、背中に吸盤でもあるかのごとく。それはピタリとそこで止まった。
「あの光は、これだったのか……」
横たわって見上げたままそう一人ごちた。が、何故かその光の主の名前が判らない。青白く、そして、丸い物。それが黒い空に浮かんでいた。でも自分の身近に感じられていたはずなのに、全くその名前が思い出せないのである。
そんなことを考えていると、この水面のどこかから、音楽が聴こえて来るのに気がついた。それは、民族音楽のような、独特な聴き慣れない音楽だった。
俺は、その音楽が何なのか?気になって思わず、視線をそのままそちらに向けた。
そこには、白いサテンのドレスを着た少女達がハープや、管弦楽器を携えかき鳴らし、または唄を歌いながら、水面に輪を描くように跳ねるかのごとく踊っていた。
俺は、思わず、その光景を微笑ましい物に思い、見入ってしまった。
その奥には、白くて淡い光を放った大きなお城が見える。それがとても幻想的だった。
「これは、舞踏会かな?」
俺は、また一人ごちた。
すると、少女達が、俺の気配に気がついたのか?踊っているそのままの勢いで水面を跳ねるようにこちらへと足を運んで来たのである。
「あなた誰?」
一人の透き通るような白い肌の頬に少しソバカスが有る少女がしゃがみこんで俺に問いかけてきた。
「え?俺は……」
と言いかけたところで言葉に詰った。
考えてみれば、自分が誰なのか?その事が判らないのである。
「誰?」
その隣の少女が、追い討ちをかけるように同じく問いかけてきた。
「え……と。判らないんだ……」
記憶喪失?なのかも知れない。
「そう。私達も自分が誰なのか?判らないの。同志ね!」
少しやせ細った少女が俺の顔を見下ろしてそう言って笑った。
「君達も自分が誰なのか、判らないんだ?」
俺は、起き上がりながらそう問いかけた。それを助けるかのように、一人の少女が手を貸してくれた。
「知らなきゃいけないことなのかしら?」
「そうなのかしら?」
「やっぱり知っていた方が良いかも知れないわ?」
複数の少女達がそう言って、ワラワラと俺の所に集まってきて騒ぎ出した。周りに流れていたはずの音楽も止まった。しかし、
「そうかしら。知らない方が良い事も有るかも知れないわよ」
一人の少女が、まるで傍観視でもしているかのように、水面から離れた草の上で、白いドレスを腕で抱き込むかのようにして座り込んだままそう言ってきた。
ふわふわ巻き毛の黒髪と、白く透き通った肌が対比的で青白い光の下かなり魅力的に感じられた。
でもその容姿のわりにかなりさばけてる所がまた、小憎らしい気もする。だから、
「じゃあ、自分が誰なのか?調べよう!」
俺は提案した。
「知らない方が良いかも知れないのに、調べるの?」
少女は、立ち上がって、俺の方へと歩み寄った。というか詰め寄ってきて、俺を見上げるかのようにつま先立ちをし、ジッと見上げた。
まるでガンを付けられてるかの様に感じ、俺は、一歩退いた。
「な、何だよ?」
「あなた、自分で言っておいて、何を怯えているのよ!そんな事で、自分が誰なのか知りたいの?」
ぷっと吹き出しそうな表情で俺を見上げた。怯えてる訳では無い。ビックリしたんだ!と言ってしまおうかと思ったけど止めておいた。
「じゃあ君も、自分が誰なのか?調べようよ!君は怖くないんだろ?」
「な、何よその言い方!こ、怖くなんか無いわよ!なら、一緒に自分が誰なのか?調べる?多分あのお城に、全てを知る鍵が有ると思うわ!」
少女は、そう言ってお城のある方角を指差す。此処、泉のほとりを取り巻いている森の中にあるお城。白くボーっと光っている幻想的だなと思った、あのお城だった。
「あそこに行けばわかるというその根拠は?」
そう、何故少女はそう思うのか?
「あのお城、私達が起きている間は在るけど、寝てる間に消えるから。不思議じゃ無い?」
じゃあ何か?神出鬼没なお城という訳か。それは確かに奇妙だ。
「了解!なら今すぐ出発だ!」
俺とその少女は、他の少女達の、止めなよ。と言う言葉を大丈夫だから!と言って、その場を離れた。
森の中は、あの光も遮断するくらい生い茂っている。なので、暗闇を歩く事となる。が、少女の体が仄かに白く光っているのと、何故だか自分が発している仄かな光で道を見誤る事は無い。
「何故君は光っているの?」
「それを言うなら、あなたもでしょ?」
言ってるそばから、二人とも疑問符で留まる。どうも、息が合わないコンビだ。きっと、少女もそう思っているに違いない。
俺と少女は、言葉少なげにその森の中をズンズンと進む。眼前に聳えるお城を目指して。
そんな時、歩を進める先の草むらから、オレンジ色に光る四つの鋭い光がこちらを見ているのに気が付いた。
「キャッ」
少女は、お化けでも見たかの様に、俺に飛びついてきたのである。俺は少し照れてしまった。
「驚かなくても大丈夫だよ。あれは、狐の瞳だよ!」
俺は、必死でしがみついてくる少女に、言い聞かせた。
「狐?それは何?あなたは知っているの?」
「君は知らないの?」
「知らないわ。あなた、変わっているのね。自分以外の事は、言葉や物を知っているなんて!」
考えてみれば、変かも知れない。でも、キミだって、知っている事と、知らない事が有るじゃないか?
そんな事を思っていると、サクサクと二匹の狐がこちらに近づいてきた。一匹は、子狐のようである。
「あら、あなた達、あのお城に行くのかい?」
どうやら、母狐のようである。
「はいそうですが。何か有るのですか?あのお城に?」
俺は、問い返した。
「噂に聞いた所によると、入ったら最後、出られない。って事らしいよ?噂だから、本当かどうかは判らない事だけれども。それでも、行きなさるのかい?」
母狐はそう言った。
「うん。行って確かめないといけないんだ。あそこに、自分が何なのか?それを知る鍵が有るらしいから!」
少女から聞いたままの事、俺はそう言った。
「お姉ちゃん、それで良いの?あのお城、朝には消えて無くなるよ?」
子狐が問いかけてきたのを、
「そうなんだけど、まあ……そう言う事だから、仕方ないのよ。負けられないしね、この人に!」
って、いつの間に勝負してるんだ俺達は?顔が引き攣りそうになったけど、俺達は、その狐の親子に「さようなら」を言ってその場を後にした。
「あのさ、俺達、いつから勝負してるんだ?」
「あなたが、そう思ってるからでしょ?」
「そんな事思ってないぞ。俺は!」
「あらそう?じゃあ、良いじゃない。私は、そうなのかと思っていたけど?」
「先に、突っかかってきたのは君じゃないか!」
「そうだったかしら?忘れたわ」
いけしゃーしゃーと話す唇がピンク色に染まっていて印象的だけど、やはり何か気に入らない。こうして話の噛み合わないまま、俺達は森の中へとさらにズンズンと進む。
お城がだんだんと近くなってきた様に感じられた。あと少しすると、お城の城壁まで辿り着けそうだ。そんな時、
「おい、お前達、お城に行くのかね?」
ひょっこり顔を出したのは、山羊のお爺さんだった。
「はいそうですが」
俺は、頷きながらそう言った。
「何しに行きなさる?」
「自分が何なのか?それを探りに行くつもりなのよ」
今度は、少女が応えた。
「ほほ〜記憶を失くされたのか?なら伝説ですと、地下にある、七色の宝石を持ち、最上階にある王冠にその石を埋めると良い。そうすれば、自ずと見えてこよう」
「そんな伝説が有るのですか?さっきの狐の母親は、生きては還れないと言っていたけれど?」
俺は問い返した。
「まあ、行って見るとその意味も判る。それでも行きなさるのか?」
山羊のお爺さんは、意味ありげにチラリと俺達を見て、そしてほっほっほと笑った。
「そうすることに意義が有ると思ったから行きます!」
「なら気をつけなされ。光には、闇が付き纏うと言う事を忘れずな?」
山羊のお爺さんは、忠告だけして草むらに駆け込み去って行った。
「どういう意味だろう?な〜?」
「そんな事知らないわよ。それでも行くのでしょ?もう怖くなった?」
少女は、あっけらかんと言った。怖くないのだろうか?とも思ったが、此処で引くのも何だか男らしくないので、
「冗談だろ?行くに決まってる!」
俺は、強がってそう言い切ってしまったのである。
短い作品ですが、お付き合い頂けるとありがたいです。