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ヘイヨーさんの短編集

未来の執筆活動

 今から数十年後の未来。

 遺伝子組み換え食品の技術が発達し、人々は安全に大量の食品を口にすることができるようになっていた。

 そうして、政府の方針で、無料で食料品が配られるようになる。


 また、太陽光発電や風力発電など、自然の力を利用した発電技術も進み、無料で電気を利用できるようにもなっていた。

「昔は石油や原子力など、地球に害を成したり、危険だったりする方法でエネルギーを生み出していたんだよ」などと説明しても、「そんなバカな」と子供たちは全く信じない。そのくらい時代は移り変わっていたのである。


 さて、こうなると、もう人々はほとんど働かなくなる。

 満員の通勤電車に揺られ、毎日好きでもない会社に通う。休みの日は少なく、残業代も出ないのにサービス残業をさせられる。こういった行為から解き放たれたのだ。

 そうして、自由に自分の好きな活動に専念できるようになった。


 そうなると、創作活動も活発になる。

 絵を描いたり、音楽を奏でたり、あるいは作曲したり。気の合う仲間同士でバンドを組んで、街のアチコチでライブが開催される。詩や彫刻や書道などの作品発表会も頻繁に行われる。

 もちろん、文章を書く者も多かった。特に小説は人気であった。

「絵もけず、楽器も演奏できない。それでも、特にズバ抜けた技術がなくとも、小説ならば簡単に書ける」誰もが、そう思ったのである。

 そうして、インターネット上に自分の書いた小説を発表し始める。

 ところが、これが意外とうまくはいかない。なにしろ、ライバルの数が多いのである。お金をかせぐ必要がなくなって、書き手の数は増えた。それに対して、読み手の方は決定的に数が足りなくなってしまったのだ。


「やれやれ、困ったぞ。書いても書いても、アクセス数が増えない。評価もされなければ、誰ひとりとして感想の1つもくれやしない。ほんとに、オレの書いている小説は読まれているのだろうか?」

 ここにも、そんな風に疑問を感じる男がいた。

「そりゃ、最初は楽しかったさ。頭の中に浮かび上がった空想の世界を、自分の手でこの現実の世界にえがき出してやることができる。その快感に打ち震えたものさ。ところが、どうだ。どんなに書いても、全く反応がない。これじゃあ、さすがに小説を書く気も失せるというものだ」

 男は、そんな風に迷い始めていた。


 そこへ、1通のメールが送られてくる。

「しめた!ついに、オレの小説を読んでくれた読者から感想が来たな!どれどれ、どんなコトが書いてあるのだろう?ちょっと読んでみよう」

 男は、ワクワクしながらメールを開封し、読んでみる。

 ところが、そこに書いてあった文章は男が想像していたものとは全然違っていた。おめの言葉でなくともいい。批難だって構いはしない。せめて、なんらかの小説を読んだ感想ならば…とそう思っていたのだが、そういうものではなかった。


 メールの文面は、このようなものであった。

「拝啓

 暑い日も寒い日も、小説執筆に精を出されている毎日と存じます。

 さて、今回は当社の新サービスをお伝えいたしたくご連絡差し上げました。あなた様におかれましては、ぜひともこのサービスをご利用されてはいかがかと存じます。小説を執筆している方ならば、誰もがお気に召すサービス内容となっております。ぜひ、ご一考を」


 メールの文面は、このあとも続いていく。

 簡単に説明すれば、“お金を払って、自分の書いた小説を読んでもらうサービスの宣伝”というものだった。


「なんだ、こんなもの。こちらが金を受け取るならば、まだしも。金を払えだって?くだらない!」

 男はそう言って、読んだばかりのメールを削除しようとした。

 が、ここで思い直した。

 “初回のご利用に限り100円でサービスを受けることができます”という文章が目に止まったからだ。

「ウ~ン…100円か。100円ぽっちならば、何も気にするようなことでもない。今どき、缶ジュース1本も買えないような値段だ。試しにちょっと利用してみるかな」

 そう考え直したのだ。


 この時代、食料は無料で配られていたし、電気や水も無料で利用することができるようになっていた。

 けれども、“お金”という概念が完全に消滅したわけでもなかった。もはや、紙幣や硬貨を利用する人はいなくなり、全ては電子上の貨幣として流通していたが、それでもお金は確かに存在した。

 最低限生きていくのに必要ない物を買う時だとか、ちょっと贅沢な食事をしようだとか、観光地に旅行に出かけようだとか思った時には、お金は必要な物だったのである。


 さっそく、男がメールに記載されていたサイトに登録し、電子マネーで100円を振り込むと、翌日には小説の感想が送られてきた。

「さて、どんなコトが書いてあるのやら?」

 そう言って、男は自分の書いた小説に来た初めての感想を読んだ。

「フムフム。なるほど」「ほほ~!」「これは、これは!」「ああ、そうか。それは、そうだな」などと、いちいち声を上げながら感想を読む男。

 メールには、男の書いた小説をベタめにしつつ、男の気を悪くしない程度にいくらかの指摘も記載されていた。

「なるほど!これはいいものだ!気に入った!」

 と、男は大変にこのサービスに満足してしまったのだった。

 そうして、もう100円を投じて、別の小説の感想を送ってもらおうとする。

 が、今度は100円ではサービスは受けられない。

「そうか、100円は初回の特別料金だったな。じゃあ、ここでやめておくか…」

 と、男はやめかける。が、次の文面を目にしてしまう。

「なになに。“2度目のご利用は特別料金200円で受けられます”だって?そうかそうか。ま、200円くらいならどうということもないだろう。もう1度だけ利用してやろう」

 そういって、男は電子マネーで200円を投じる。


 今度もまた、翌日には感想が送られてくる。この感想にも男は満足する。そうして、またサービスを利用してしまう。

 料金は、300円、400円…と、そのたびに上がっていくが、男は気にしない。タバコかアルコール依存症のごとく、どんどんはまり込んでいく。

 そうして、1回の利用料金が3000円を越えたところで、ついに男も気がついた。

「はてさて、これは困ったぞ。このペースでいくと、手持ちの資金も尽きてしまう。何か自分でも仕事をして金をかせがなければ。とはいっても、小説を書く以外に何もとりえもないし…」

 そこで、男ははたと気がつく。

「そうだ!小説だ!小説を読んで金をもらおう!小説を書くことができるなら、読んで感想を書くことくらいはできるだろう。さいわい、世の中には書き手はワンサカいる。書き手の方は余って余ってどうしようもない状態だ。それに対して、小説を読む物の数は少ない。きっと、感想を書けば喜んでお金を払ってくれる者もいるだろう」

 そうして、さっそく男はメールの文面を考え始める。

「拝啓。暑い日も寒い日も、小説執筆に精を出されている毎日と存じます…そうだ!いきなり高額の料金だと誰も払ってくれはしないだろう。最初は、100円にしておくか。その後、徐々に料金をつり上げていけばいい。我ながら、天才的なアイデアだ」


 こうして、また1人の読者がこの世界に誕生した。

 かつて、小説はお金を払って読むものであった。それが、この時代では、お金を払って読んでもらう時代となってのである。

 このように、増え過ぎた作者に対して、自然と読者の数が増えていく。読者が増えすぎれば、今度はまた作者の数が増えていく。こうして世界は自然にバランスを取りながら維持されていくのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもろいやん。逆転の発想。そうか。なるほど。読者というのは案外そういうものかもなと。 [気になる点] でもカネを支払って本を買うこともある。 その視点も盛り込みたい。 [一言] 8…
2015/11/12 15:22 退会済み
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