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酒神の祝福  作者: 椎名みゆき
序章
9/34

8 回復


 決死の…特に彼にとっては…飛翔を終え、虎が下降を始めたのは日が沈んですぐのことだった。やはり暗闇の中での飛翔は危険なのかもしれない。着地し、虎が屈んで尊を降ろしてくれると、慌てて彼の様子を確認した。落下していないことは確かだったが、果たして…どうやらうまく収まっていたらしい、意識はないが呼吸や表情は穏やかなようだ。

 ほっと息を吐いて、ようやく落ち着いて周囲を見渡すことができた。どうやら泉のほとりらしい。岩場が多いが、一面に苔がしていて恐らく寝心地もそう悪くはないはずだ。なにせ既に経験済みである。なぜかその苔がうっすらと発光していて、視界には困らないというのは気にしないことにした。はいはい異世界異世界。

 また先ほどのような化け物が出てくるのでは…と危惧したが、主人の傍でゴロゴロとくつろぎだした虎の様子を見るに、その心配はなさそうだと知る。驚くほど賢いこの虎のことを、尊はもう信用しきっていた。


 「虎ちゃん、窮屈でしょう。乗せてくれてありがとね。それ、取ってあげてもいいのかな…」


 きょとりとしていた虎だったが、装備に手を伸ばすと大人しくされるがままになってくれた。尊の知る虎よりかなり大きくおまけに翼まで生えていたが、もふもふとした毛並の柔らかさと、人懐っこいのか時折頭をすり寄せてくる動作にもうめろめろになる。


 「〰〰〰〰〰っ!!もう!虎ちゃんかわいすぎ!強くて賢くて可愛いなんて反則…!」


 ぐいぐいと抱きついてくる尊に、さすがの虎も辟易とした様子である。…やりすぎちゃったかしら。そこへぐぅと自分のお腹が鳴って、そういえば水以外摂取していなかったのを思い出した。

 一度意識してしまうと、より強く欲求を感じてしまうのが人間というものだ。無視できなくなった食欲に、一気にお腹が騒ぎ出す。


 「うううお腹減った…。おつまみでも齧ろうかな……ん?虎ちゃん?」


 するとおもむろに立ち上がった虎が、バシャバシャと泉に入っていった。淵のほうはそんなに深くないらしく、透明度の高い水面からは容易に水底を覗くことができる。胴体すれすれの深さまで入っていった虎が、右の前足を掲げたままじっ…と水面を見つめているのに気づいて、なんとなく声をかけるのはためらわれた。


 と、次の瞬間。


 バシーンっと目にも止まらぬ速さで振り抜かれた虎の前足が、何かを尊の足元に叩きつけた。


 「きゃ────────!!!なにどうしたの?!ってお魚っ?!」


 思わず飛び退った尊だったが、ピチピチと跳ねる『何か』の正体が魚であることに気付くと、とっさに掴み取ってしまった。田舎育ちを舐めてはいけない。魚どころか餌のミミズだろうと素手で捕まえてきたのだ。その後もバシンバシンと華麗に魚を飛ばしてくる虎に、あわてて石を拾って泉のほとりに簡易生簀いけすを作って放り込んだ。8匹も獲っただろうか、どこか満足げに上がってきた虎は、ぶるぶると身震いして水気を飛ばすと、どうだとばかりに尊を見やる。

 次々と寄越される魚の捕獲に必死で、仕上げとばかりに虎の飛ばした水飛沫でしとどに濡れてしまった尊は呆然としていたが、フフンとでも言いたげな虎の表情につい噴出した。


 「あはははっ!虎ちゃん最っ高!」


 そのままぎゅっと抱きついた尊に、虎はもうされるがままだった。どうやら辟易しつつも満更ではないらしい。


 「…ここは…?」


 不意に聴こえた低音に、思わずそのままの体制で振り返る。はだけた上半身はそのままに、身を起こして茫然とこちらを見やる男と視線が絡んだ。一瞬その翠の瞳にとらわれるも、我に返って傍へと駆け寄る。


 「目が覚めたのね!どこかおかしいところ…痛いところは無いですか?!」

 「使徒…殿…?私は…」


 傍で膝をついた尊を未だぼうっと見上げていた男だったが、不意に視線を下ろしてバッと顔を背けた。


 「!やっぱりどこか…!」

 「いえ!体はなんとも…あの、使徒殿、大変申し上げにくいのだが…」


 思わず詰め寄った尊に、男は顔面を片手で覆いながら歯切れ悪く言った。


 「その…お召し物が濡れている…」

 「…え。…〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っっ!!!!」


 ゆっくりと自分の体を見下ろして、尊は声もなく後ずさった。ふんわりと暖かな生地でできたAラインのワンピースは、インナーのおかげもあって透けてこそいないものの、濡れてぴっちりと張りついている。自慢するほどの凹凸もない体だが、さすがにこれは卑猥な出で立ちだった。


 慌てて傍にあった自身のコートを体に巻きつけ、律儀にそっぽを向いている男に真っ赤な顔で謝り倒す。…後に思い返しても、あんまりにもあんまりな出会いである。


 ようやく互いが落ち着いて、男…ローワンと初対面の挨拶を交わすまで、横臥した虎は呆れたように男女を見守っていた。






 (そういえば、なぜ使徒殿はこれ(トラ)の名を?)

 (え、知らないですよ!私の知ってる生き物の『虎』って名前で呼んでただけで…)

 (…なるほど。これの名前は『トゥーラ』と言うのです)

 (あぁ…なるほど…(脱力))

 (グルル)

 ((もう虎ちゃんでいいや…))









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