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酒神の祝福  作者: 椎名みゆき
序章
4/34

3 憤慨

一部、宗教関係でこの話独自の解釈が出てきます。ご不快に思われる方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。あくまでフィクション、と合言葉を唱えてどうぞ。




 ─────“世界”は、数多の可能性の枝がいくつにも分岐した先に成る果実にも似た存在である、と彼は言った。我々は、無意識にも何か意志あるモノの見えざる手を感じ、無自覚にもソレによって調えられたルールに順じて生きている。ソレを人は時に、『真理』とも呼ぶ、と。


 かのアインシュタインはこう言ったという。


 『私たち人間は、巨大な図書館に入り込んだ、小さな子どものようなものである。壁は天井まで、いろいろな言語で書かれた書物が、ぎっしりと並べられている。その子どもは、だれかがこれらの本を書いたということは知るかもしれないが、誰がどうやって書いたかまでは分からない。それらの言語を理解することもない。が、その子どもは、その本の並べ方について、一定の約束、つまり理解はできないが、ぼんやりとした疑いを感じながらも、神秘的な秩序があることに気づくだろう。』


 あなたがたの世界は、非常に高度な文明を築き上げましたね。“果実の住人”たちがこんな発想をするのは前例のないことでした。ただ、もしかすると彼は、その本の書き手こそを『神』と呼んだかもしれないが、厳密には違います。我々…もはやお気づきのようですが…神と呼ばれし者の役割は、図書館で言うところの司書に過ぎません。『真理』の記した数多の本、それに記された言語と内容を解し、秩序を持って整理するのが仕事です。


 私は、真理の定めし規定ルールに従って、あなたを同じ世界樹の異なる枝に成りし果実…このガルディアへと連れてきたのですよ。


 …あぁ、混乱されるのも無理はない。理解していただく必要はありません。ただ、一通り説明する義務が私にはあるだろうと判断しただけのことですので。


 さて、それでは本題に入るといたしましょう。単刀直入に申し上げますと、Ms.カンナギ、あなたに───



 ───────────赤ワインを作って頂きたいのです。




 はぁ?


 と返した自分を責められる人が果たしているだろうか、いやいないだろうというか言わせない。シチュエーションから判断するに、ここが異世界ガルディアなどというところである、というのは信じざるを得ないようだ。彼…自称神サマの言うように、賢い“果実の住人”たちは、しばしば異なる世界を夢想し、時にはそれらの存在をあらゆる媒介を通して世に送り出してきた。尊とて、その類の小説やゲームを目にしたことぐらいはある。だがしかし。


 「魔王を倒せでも何かの手違いでもなく、赤ワインを作らせるためだけに私を連れてきたわけ?!」


 先ほどからスマホを握りしめる手がプルプルと震えていた尊であるが、ついにミシッと軋む音が端末から発せられた。


 「あわわ待ってください、現状あなたと連絡をとる手段はこれしかな──────!」

 「大体、神がどうとか赤ワインがどうとか、あなたお酒の神様でもやってるわけ?」

 「ですから、私は“しゅしん”…あ、いえいいですね、お酒の神様。そうです私、“酒神”です。バッカスでもディオニューソスでもお好きなように呼んで頂ければ────」

 「なんなのその行き当たりばったりな物言いは。あんたなんかロキで十分よ!!」

 「あ、はい申し訳ありません…どうぞお好きなようにお呼びください…」


 自称神サマ改め酒神・ロキは、電話越しでも分かるほど意気消沈している。…が、すぐに気を取り直したのか、ようやく『お願い』の真意について語りだした。



 「そもそもこのガルディアは、私とヒトの契約により創世されました。私がこの世界の秩序を保ち続ける代償として、人々は赤ワイン─────生命の水(アクアビテ)を捧げ続けるという内容です」

 「生命の水(アクアビテ)…?確かに、酒造りの黎明期に蒸留酒はそう呼ばれたというけど…」

 「さすがに博識でいらっしゃる。…ただ、この世界において、生命の水(アクアビテ)はその名の通りの薬効を持つのですよ」

 「それって…」


 尊が勢い込んだ瞬間、今度はスマホが自主的に細かな振動を始めた。パッと画面を見やると、そこには無情にも赤い電池のアイコンが…


 「え、うそ、充電が切れる────!」

 「え?!その道具にもスタミナ切れとかあるん───いや、時間がないですね、とりあえずMs.カンナギ!まずはここから東にあるカザン帝国を目指してください!途中迎えもあるはずです!そこに行けばまたコンタクトがとれます!それから、あなたのトートに役立つものをいくつか入れておきまし───!!」


 

 プチッ



 そしてついに、端末は沈黙した。

 あとには、一人やり場のない衝動を持て余す女が取り残されるのみ。


 「結局、なんにも、…………分からなかったじゃないのよ────────────!!!!!!!」


 

 

 巨木の森は、そんな怒声も静かに飲み込むばかりであった。








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