2話 その5
雨が土砂降りに変わった頃、藤乃は階段を登っていた。
藤乃の場合は能力を使っていたので普通に歩くよりはかなり速いスピードで。
ちなみに周りに他の人がいないことは確認済みだった。
一気に屋上の前まで上がった藤乃は扉の前で着地した。そして、ゆっくりと重い鉄の扉を開けた。
扉を開けた藤乃は辺りを見渡した。視界の範囲には誰もいない。
少し濡れながら空を振り仰ぐと、誰かの足が見えた。
土砂降りの中、誰かが上に座っているらしい。
それを確認した藤乃は濡れるのも気にせずはしごの場所に回り、登った。
上には予想通り、海咲がいた。既にずぶ濡れの状態で空を見上げ雨に打たれている。
横から見ると泣いているようにも見えた。
「・・・サキ」
藤乃の声は雨にかき消されるほど小さなものだった。
その小さな声でも届いたようだった。
「気づいたんだ」
海咲は空から視線を外すことなくそう言うと隣を勧めた。
「私は、他の人よりはだいぶ覚えてるから」
藤乃は勧められるままに隣に座った。雨に濡れることにも構わずに。
「そっか」
海咲は少し目を伏せた。
「他のみんなは覚えてないんだよね?そのこと」
「うん。多分。・・・ねえ、サキが今こうしてるのって、やっぱり✕✕✕のこと、だよね?」
藤乃は問いに答えた後言いにくそうに言った。名前のような単語は雨にかき消された。
「ああ。雨を見ると特に思い出すから。それに、雨に打たれるのは嫌いじゃない」
海咲は軽く目を閉じて続けた。
「魔物のこと、気づいてはいたんだ。
でも、この状態で行ってもまともに動けなかっただろうし。
・・・どうなった?消えたのはわかったけど、誰かまともに戦えてた?」
その質問に藤乃は気まずそうに答える。
「生徒会の人達、戦闘型の能力あんまりいないから・・・」
「だよね。綾香に結晶渡しといてよかったよ」
「綾香先輩の持ってた能力結晶ってやっぱりサキさんの?」
「簡単な攻撃と防御のだけどね。
そろそろ他のもつくっておいたほうがいいかな。
何となくだけれど、これから戦闘が増える気がする。
・・・ジナ、最近“プログラム”は使ってるか?」
海咲は藤乃のことをジナと呼んだ。
「使ってない。今のとこ、使う必要もなかったし」
「なら、そのまま使わないほうがいい」
「うん、わかった」
藤乃は少し首をかしげたが、素直に頷いた。そして海咲は立ち上がりながら言った。
「そろそろ中に戻ろうか。身体が冷える」
それを聴いて藤乃も立ち上がった。そして2人ともはしごは使わずにその場から飛び降りた。
校舎の中に戻った海咲は軽く目を閉じ何かを呟いた。
そして次の瞬間、雨でずぶ濡れだった海咲の身体と服は乾いていた。
そのまま藤乃に触れると同様に藤乃の服も乾いた。
「今のって・・・」
「さあね」
海咲はとぼけたように言った。
2人が校舎を出る頃には雨は少し小降りになっていた。
「傘、入る?」
海咲はそう言って藤乃を呼んだ。傘を持ってきていなかったらしい。
藤乃は海咲の開いた傘の下に入った。
「家まで送る。水樹はもう帰ってるだろ?」
「ありがとう」
雨の中ひとつの傘で帰宅する2人の様子校舎だけが見ていた。