女神の天啓
昔々、活気のある平和で豊かな国がありました。
ある日、その国のお城に住む王様ラサキムの元へ女神が舞い降り、こう告げました。
「近い将来、この国に悪魔が現れ、国を不幸にさせます」
王様ラサキムは驚き、女神に尋ねます。
「どうにか不幸にならない方法はないのでしょうか?」
その言葉を聞いて女神は目を閉じ頭を下げて、考えた後にこう言いました。
「私の言う事を聞いていただければ、必ずや悪魔を追い払い、国が救われる事でしょう」
女神は続けて言います。
「これから生まれてくるあなたの息子、王子に次の事を覚えさせるのです。
一つ目、私を敬うこと。
二つ目、正直者であること。
三つ目、弱い者を助ける勇気を持つこと……」
ラサキムは女神の言う事を覚えられるよう紙とペンを持って真剣に聞きます。
「四つ目、料理が上手に出来ること。
五つ目、掃除が出来ること。
六つ目、編み物が出来ること……」
「女神様、少々お尋ねしたいことがあるのですが?」
「いかがしましたか? ラサキムよ」
「その……、四つ目から六つ目は悪魔を追い払うのに何か関係があるのでしょうか?」
「必ずや王子の役に立つことになります」
ラサキムは首を捻りながらも女神の言う事をメモに書いていきます。
…………
「では最後に百つ目、王子が十六になったら北へと旅をさせるのです」
ラサキムはすべての言葉を紙に収めました。そして女神に尋ねます。
「女神様、これらの事をこれから生まれてくる子に教えれば国を救うことができるのですね?」
「必ず」
ラサキムは女神の言葉を信じることにしました。そして数年後、王子が生まれます。名前をリュカと名付けられました。
ラサキムは女神に言われた九十九の事をリュカに教えました。そして最後にリュカが十六の時、北へと旅に出したのです。
国を離れて北へと旅に出た王子リュカ、リュカは深い森の中で一人の少女に出会いました。名前をスヒカと言います。
スヒカはこれから森の奥に住む魔女の元へ行こうとしているところでした。リュカは尋ねます。
「君のような少女がどうしてそんな所へ行くんだい?」
「私の父が魔女の呪いで倒れてしまったのです。『呪いを解きたければ私の元に来い』と魔女が言ったのです」
弱い者を助ける勇気を持っていたリュカは言います。
「そんな危ない魔女の所に一人で行く必要はないよ。僕も一緒に行こう」
リュカの言葉を聞いたスヒカは感謝して何度も頭を下げました。そしてリュカと共に魔女の元へと向かいます。
木々(きぎ)が生い茂る中、切り取られたかのようにある家、そこに魔女は住んでいます。リュカとスヒカは魔女の家の扉まで来て、トントン、とノックしました。
家の中から背の低い老婆の姿をした魔女が出てきます。そしてリュカを細い指で差すとしわがれた声で言いました。
「おまえは誰だい? ここへ来るのは娘一人だけのはずだろ?」
「私はリュカ、あなたのような人にスヒカさん一人で会わせられるものか!」
「いきなり失礼な奴だね!」魔女は怒ります。
「失礼なのはおまえだ!」憤るリュカ、彼にスヒカがヒソヒソと耳打ちをします。
「魔女を怒らせないでください。生きて帰れませんよ」
「申し訳ないが私は正直に生きるよう育てられてきた。だから嘘をつくつもりはない」スヒカにそう言うとリュカは魔女をにらみつけます。
「ふん! で? おまえは何しに来た?」
「スヒカさんの父親の呪いを解いてもらうために決まっている」
「はん! あいつはね、私と約束をしたんだよ。『裏切らない』と、『月を満たし赤く染める』と、なのにその約束を破ったのさ。当然の報いだよ」
「そんな、父がそのような事を……」スヒカは胸に手を当てて悲しそうに言いました。魔女はリュカを指差しながら言います。
「だからお前には関係のない話さ」
「それならばスヒカさんにも関係ない話だろう?」リュカは悲しそうにうつむくスヒカと魔女の間に立ちます。
「ならばお前が、スヒカの代わりをやるって言うのかい?」
「それで呪いを解いてくれるんだな?」リュカは言いました。スヒカは顔を上げてリュカの服の袖を掴みます。
「そんなリュカさんがそんな事をしなくても……」
「大丈夫です」リュカは笑顔で答えました。
「決まりだ。お前にもう用はない」魔女はスヒカに帰るよう言います。
なかなか帰らないスヒカにリュカは言いました。
「私なら大丈夫です。任せてください」
その言葉を聞いたスヒカはリュカにお礼を言って去っていきました。
「バカな奴だね、あんたは」
「自分の心を正直に言っただけだ」リュカは自分の胸に手を当てます。
「だからバカなのさ」魔女は家の中へと入っていきます。「さあ
あんたも入るんだ」
リュカは魔女の家の中へと入ります。リュカは驚きました。家の中が埃だらけなのです。食事をするであろう机の上は汚れた皿が無残に置かれ、白い埃がついています。光を取り入れるガラス窓の木枠にも埃がつもり、端には蜘蛛の巣が張っています。
「あんたにはこの家を掃除してもらう。出来なかったらはたきにでもしてやろうかね? ヒッヒッ」魔女は笑いを浮かべながら命令しました。
魔女の笑みにリュカも笑みで返します。リュカは掃除が出来るのです。瞬く間に魔女の家の中は綺麗になりました。机も窓もピカピカと輝き、そこには何もありません。
魔女は驚きました。
「つ、次は料理だ! 出来なかったら薪にして燃やしてやるからね!」
リュカは家にある材料で料理を作ります。パセリの茎を入れた香り漂うスープ、パセリの葉をまぶし炙ったベーコンはサラダの皿に乗せられ、そのかたわらにはふっくらと焼き上げたパンがありました。
魔女はパンを片手にスープを飲み、サラダを食べました。
食べ終えると魔女はさらにリュカに命令します。新しい服を編むこと、肩を揉む事、いろんな事です。それらをすべて出来るリュカに魔女はうんうんと大きく頷くのでした。
リュカはすっかり魔女に気に入られ、ずっと家事を行っていました。そして魔女とリュカが会って約二年が経った頃、一人で水を汲みに行っていたリュカの元に女神が舞い降りました。
「リュカよ、国へ帰るときが来ました。旅を終えて帰るのです」
女神を敬っていたリュカ、魔女にこの事を話し、国へ帰ろうとします。そんなリュカに魔女は言いました。
「お前のことだからきっと止めても聞かないんだろう。これを持ってお行き」魔女は手のひらに乗せている赤い宝石を見せます。
「これは二年間、月の光を浴び続けたルビー、幸福と魔除けの宝石だよ」
「ありがとうございます」リュカはルビーを受け取りました。
「もし……、もし何か困ったことがあったら私の名前を呼ぶといい。私の名前はジリバ。ヒッヒッヒッ」魔女ジリバは微笑みながら言いました。
「お世話になりました。ジリバさん」リュカは手を振りながらジリバの家を後にしました。
リュカが国に戻ると大変なことになっておりました。豊かだった国は衰え、人々の顔から若々しい活気が失われておりました。俯いて歩く者、ため息をつく者、その顔には不幸が見えます。
リュカは慌てて父ラサキムの元へと走ります。ラサキムは病に倒れベッドに伏しておりました。
「父上!」リュカはラサキムの細くなった手を掴みます。
「おお、リュカよ。戻ったか」
「いったい、何があったのですか?」
「悪魔だ、悪魔ルーゲンがこの国の生気を奪っていったのだ」
ラサキムはリュカに説明しました。悪魔ルーゲンは突如現れ、城の屋上に住み着くと国中の生気を奪っていったのです。生気を奪われた人間は活気がなくなり、人々(ひとびと)は畑を耕したり、果物を育てたりする仕事が出来なくなっていきました。そして豊かだった国はだんだんと衰えていったのです。ラサキムは悪魔ルーゲンを追い払おうとしました。しかし、ルーゲンの生気を吸う力に適わず、追い払うことが出来ませんでした。
「父上、私は旅の中でこの幸福と魔除けのルビーを手に入れました。このルビーで必ずや悪魔ルーゲンを追い払って見せます」
リュカはそう言うと城の屋上へと向かいました。
悪魔ルーゲンがいます。その姿は人と同じ形をしているものの、青い肌に角と尻尾を生やしたそれはこの世の生き物ではありません。
ルーゲンはリュカを見るとすさまじい勢いで近づいていきました。
リュカはルビーを掲げます。
ルビーはルーゲンの目の前に突き出されました。
ルビーを見たルーゲン、ピタリと動きを止め、青い顔から汗が噴き出しました。
「悪魔よ! 立ち去れ!」リュカがそう叫ぶと、ルーゲンは勢いよく空へと浮かび、はるか彼方へと飛び去っていきました。
「良くやりました。リュカ」
屋上で一人立つリュカの元に女神が舞い降りました。リュカは女神に頭を下げます。
「女神様の言われた事を守ることで上手くいっただけにすぎません」
「言われた事を守る事は難しいものなのですよ。さあ頭を上げなさい」
女神はリュカの手を取り、リュカの目を見つめながら言いました。
「この国を救ったあなた、私と共に天へと登りましょう。そこで共に暮らすのです」
「分かりました」女神の言われた事にリュカは答えました。
女神の体がふわりと浮かび上がり、リュカも女神に手を引かれるように浮いていきます。
リュカはやがて雲の上にある天の国へとたどり着きました。
リュカはそこで女神と共に幸せに暮らしています。
めでたしめでたし




