88 しばらく、ふたりきりに
「よし! これでこいつらには、もう悩まされない!」
胸を、そして頭を覆っていた分厚い毛布が取り払われたように、チョットマはすがすがしそうに伸びをした。
「ごめんね、心配かけて」
ンドペキがイコマに代わってチョットマの頭を自分の腕に抱え込み、本当に良かった、心配かけやがって、と何度も何度も自分の胸にうずめさせた。
「苦しいって。でも、うれしい。ンドペキが頭撫でてくれるなんて」
見る間にチョットマの目が潤んでいる。
ずり落ちそうになる聞き耳頭巾のショールを元に戻しながら、泣き出した。
「苦しかったんだろうね」
ライラがねぎらった。
よく頑張った、と言いながら、ショールに手を触れた。
「あたしもこの布の力にあやかりたいね」
その声の問いに応えることはできたのか、などと無粋なことは言うまい。
ただ、問いに対して何らかの反応をしただろうから、ウイルスにとって、十分な回答を得たということなのだろう。
「でも、なぜそんなことを聞きたいのかな」
チョットマは言うが、それがウイルスの問いかけであれ、自分の心の中に溜まった思いが噴出したのであれ、ある程度の決着はついたと考えていいのだろう。
それほど、チョットマの笑顔は晴れやかだった。
ンドペキはまだチョットマを抱きしめている。
スゥがイコマの腕を引っ張った。
(しばらく、ふたりきりにしとけへん?)
(せやな)
「ちょっと出かけてくるから、思い切り甘えるのよ」
と、スゥがライラを促して出ていこうとする。
「あっ、スゥ! でも」
「気にしない気にしない。大騒動ばかりで、ふたり、ゆっくり話もしてないでしょ」
「でも」
「遠慮はいらないわ。ンドペキ、先に家に帰ってるわね」
ンドペキがゆっくりチョットマを離し、その目を覗き込んだ。
チョットマが慌てて涙をぬぐった。
「ほったらかしですまなかったな」
「さあ」と、スゥに促されてイコマはライラと共に部屋を出た。
「奇妙なウイルスだな」
「これでチョットマも、少しはすっとしたんじゃないかな」
スゥは、先に立って自分たちの部屋に向かおうとする。
「ノブはここにいてあげてね」
久しぶりに、スゥが、ユウのようにノブと呼んだ。
もうライラに隠しておく気はなくなったようだ。
しかし、ライラはそれには反応せず、珍しく嘆息気味に言った。
「あの子にしてみれば、初めての恋。言い出す暇もなかったんだ。しかも失恋の傷は目の前で何度もほじくり返される、というわけだ。ま、仕方のないこと。チョットマは賢い子だ。自分で何とかするさ」
さて、あたしも帰ろうかね、と、にっと笑った。
「スゥ、ありがとうよ。あたしにも分るように言ってくれて」と、背中で言った。
と、そこへパリサイドがひとり、駆けてきた。
「チョットマさんは、どこに!」
「あっ、そこですよ。でも、今はちょっと」
「緊急のご連絡です! アイーナ市長からの親書を持っています」
「へえ!」
確かにその封書には、アイーナの署名があった。
スゥとライラが慌てて駆け戻ってきた。
「こちらへ!」
イコマはパリサイドを案内してドアを開けると、ンドペキとチョットマは向かい合って笑い合っていた。
なんとなくほっとしつつ、パリサイドを中に招じ入れた。
楽しそうにしていたチョットマの顔が見る間に曇っていった。




