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86 この子は闘おうとしてるんだよ

「どう危険なんや?」

「記憶を失わせる薬」

「なんやそれ! ヤバすぎるやろ。それをアヤが……」

「精神状態がおかしくなったりしたとき、つまり身体に入れた記憶や思考の一部が欠損したりしたときに使うらしいのよ」



 パリサイドは記憶をデータとして保存してあるという。

 それをあの肉体に入れて、人として生きていくのだが、上手くいかないことが稀にあるらしい。


「上手くいかなかったら、どうなる?」

「奇行に走るとかもあるけど、普通は、いわば健康でいられないってことね。あるいは記憶が蓄積できないとか」

「一緒に暮らした家族さえ思い出せないとか?」

「そういうこと。ひどい場合は、呼吸もままならず、心拍にも異常をきたすらしいわ」


 身体と、記憶や思考のミスマッチが起きるらしい。


「そんなときには、データを入れ直すらしいんだけど、既に入っているものをきちんと消去しないと治らないこともあるみたいで」

「なんともはや」

「それだけ、パリサイドの肉体は特殊なんでしょうね」

「で、アヤはそんな薬を買った。どういうことなんや?」



「さあ」と、スゥが言い淀む。


「それにその薬、五十九番は一般人には販売されていない薬。処方箋があってもダメ。それ専門の医療従事者でしか買えないのよ」

「うーむ。ということは、誰かに買いに行かされたということか?……」

「そうとしか……」




 厳しい状況である。

 アヤは、単に記憶を無くして呆然としているというわけではなかった。

 背後に誰かいる。



「くそ!」

 もう何度、この台詞を吐いたことだろう。

「一体全体、どこのどいつが!」


 ステージフォーなる宗教団体がその首謀者だとすれば、もはや許すことはできない。

 命に代えてでも、アヤを取り戻し、そいつらを根絶やしにしてくれる!

 イコマは敵の卑劣さに胸を煮えたぎらせた。



 しかし、今はまだ情報を収集し、吟味し、推論を重ねていくしかない。

 市長や治安省や警察や軍、そしてこのスミヨシのキャプテン、キョー・マチボリーの協力も取り付けなければならない。

 あるいは彼らに動いてもらうことを期待しなくてはいけない。

 まともな移動手段もなく、通信手段さえなく、社会の常識さえない。

 悔しいかな、自分達では、何もできないのだ。




「それとね」

 スゥがまたライラを見た。


「普通は誰も、プリンシパルポーションなんて言い方、しないらしいわ。通称はエフェクトル」

「ん?」

「例えば、一番は解熱剤のグループなのね。枝番がついていて、効能の強さによって番号が違う。使用部位や使用方法によっても違う。市民が薬局で購入するとき、プリンシパルポーションの何番なんて言わない。エフェクトル1A36、または略してエフェ1A36なんて言い方をするらしいのよ」

「ほう」



 ここでスゥはライラにとって決定的なことを言った。


「だから、プリンシパルポーションって言われて、最初、私もピンと来なかった。普通ならEFFE59というはずなのよ」

 ライラがちらりとこちらを見たが、その時丁度、チョットマが目を開けた。



 イコマもンドペキもスゥも、チョットマの枕元に前のめりになった。

「どう? 具合」

「なにか、飲みなさい。喉、乾いただろ」

 イコマはチョットマの額に自分の額を押し当てた。

「熱はないな」

「パパ……」

「大丈夫。ずっと傍にいるから」



「口に含んで」

 チョットマが目を覚ますたびに、スゥが口に入れてやるエネルギーチップ。

 見ればそのパッケージに、EFFE12C3と書かれてあった。

 エネルギーを補給するとともに、心臓と肺の動きを安定させる効果もある、ごく一般的な薬だという。



「パパ。お願いが……」

「お、どうした?」

「聞き、耳頭巾、貸して」

「もちろん。でも、どうするんだい」

「頭に、掛けて……」

「え?」

「お願い、だから……」




 チョットマはとぎれとぎれに言うが、その瞳にはこれまでにない強い意志があった。

 しかし、エリアREFでこの聞き耳頭巾のショールを被って、チョットマは幻聴に恐怖したのだ。

 あの怖かったことといったら、と常々言っていたのではなかったか。

 今、これを被って、どうしようというのか。


 チョットマの感受性は鋭い。聞き耳頭巾の力はチョットマにいろいろなものを見せ、聞かせるだろう。

 とても、容体に好影響があるとは思えない。



「でも、これは」

「いいの……、試してみ、る……」

「でも、チョットマ……」


 ライラが静かに言った。


「掛けておやりな。この子は闘おうとしてるんだよ。やつらと」

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