73 ちくしょう。どいつもこいつも
街に降りてチョットマと別れ、イコマはバルトアベニューに向かった。
この時間帯はンドペキがアヤに話しかける順番だが、部屋に帰ってしまう気にはなれない。
返事をしてくれなくても、そばにいなければ、という気持ちが常にある。
結局、アヤの名がパリサイドへの着陸船の名簿にあるかどうか、分からずじまいだった。
名があることでひとまずは安心したい、そんな親心が分からないのか、何度声を枯らそうとも、キョー・マチボリーはあれから一言も発しなかった。
今頃、アイーナとふたりになって、楽しくお喋りしているのかもしれないが。
くそ、とイコマは舌打ちし、短足を急がせた。
アヤの部屋まで、もう少し。
「どうした」
と、ンドペキが追いついてきた。
「俺の番だが、一緒に行くのか?」
「ああ、行こう。歩きながら話そう」
イコマは、キョー・マチボリーの部屋で見聞きしたことを話した。
だが、プリブの名前が名簿にないと聞いても、ンドペキは顔色一つ変えない。
ある程度は覚悟しているのかもしれない。
あるいは、断片的な情報に一喜一憂するものか、という意思なのかもしれない。
「で、パリサイドに着いてから、我々はどうなることになった?」
「アイーナが言うに、着陸後一年程度は缶詰にされるらしい」
「まさか、あの身体を授与される? じゃないだろうな」
「違う。星の環境に順応するため。一年は最低の期間らしい」
世界の見かけは地球と似通っているが、大気や重力や宇宙線の種類、時間の観念や光など、地球上で当然と思っているあらゆるものが異なっているという。
「その間、地球人類の代表を決め、どのようにパリサイドで暮らしていくのかを決めろ。そういうことだった」
「制約はあるのか? なにか」
「アイーナは、地球から来た人のことはすべて、自分たちで決めたらいい。そう言っていた」
「路頭に迷うことになるぞ。収入もなく、知らない街に放り出されたら。なにしろ、誰もが命からがら逃げてきた。着の身着のまま、一文無しだ」
「一年の間に、自分で何とかしろ、ということだな。その間、必要なものは支給されるらしい」
「一年間か……。本当にそれだけか?」
「疑り深いな」
「当たり前だろ」
「実はな」
ンドペキが疑ったとおり、その間に選別作業が行われるという。
「その選別というのが、何なのか。教えてくれなかった」
「気味の悪い話だな」
「ただ、自分達もその選別を受けているし、あそこで暮らしていくために不可欠なもの。アイーナはあっさりそう言った」
そのときのニュアンスでは、問い質したこちら側の反応に驚いた風だった。
何でもない普通のことなのに、というように。
ただアイーナは、「このことは一般市民には伏せておくように」とも言った。
余計な不安を与えても仕方ないから、と。
「イコマは一般市民じゃないってことか」
「アイーナの表現を使えば、レイチェルが信頼する人々の内のひとり、ってことになるんだろう」
「ふうん」
「あるいはチョットマのパパ」
「ま、いい。分からないことだらけだが、そのうち見えてくる、ってことだな」
そんなことを話していると、後ろから声を掛けられた。
「あの、もし」
極端に背丈の小さいパリサイド。
イコマと同様、ヌード姿。
「ああん?」
不機嫌そうに立ち止まったンドペキに、そのパリサイドは丁寧に頭を下げた。
「ンドペキさんでしょうか?」
「ん?」
「フイグナーと申します。いつぞやは失礼なことをしました」
と、また頭を下げる。
パリサイドらしく無表情だが、その眼にはどこか人を見下しているようなところがある。
ンドペキが反応しないことを見て、パリサイドはバカにしたような口ぶりで言った。
「ほら、海の中で」
「は?」
「もう忘れましたか。イルカの少年と言えば、どうです?」
「ん? なっ、お前は!」
「ハハ!」
イコマも思い出した。
ニューキーツの政府建物に突入したとき、ンドペキの隊が迷い込んだ巨大な部屋。
そこは出口のない海中。
バーチャルな海底。
散々、愚弄した特殊なアギ。
あいつか!
こんなやつも、パリサイドに救われたのか。
こいつら、世を捨てたのではなかったのか。
フイグナーと名乗ったパリサイドは、まだ小さく声をあげて笑っている。
あの時のように。
こいつ、完全に頭がおかしくなっている。
そう感じて、ンドペキの袖を引いた。
関わらないでおこう。
背を向けた後ろから、声が追いかけてきた。
「あれ、もう話は終わりですか。私、昔の名はミズカワヒロシといいますが、もう少しお話が……」
その名前に引っかかるものがあったが、イコマはンドペキを引っ張るようにその場を離れた。
「ちくしょう。どいつもこいつも」
そんな言葉が何度も口から出てきた。




