72 記憶を無くしたかもしれない
暗然とした思いの中で、記憶が甦ってきた。
また、あの時代に戻るのか……。
数百年もの間、アヤが記憶を失っていた、あの時代に……。
イコマはたった一人ぼっちで、思い出だけを心の支えにしてアギとして生きてきた、あの永い永い年月に。
あの頃の苦しみが一気に押し寄せてきて、涙が滲み出すのを止めようがなかった。
三人で過ごした日々のなんと短いことか。
しかし、今はユウがいる。
ユウなら。
パリサイドのユウなら。
ユウなら、なにか手だてを。
イコマは涙を何とかくい止めると、滲む目をしっかりと見開いた。
そして聞いた。
「アヤは、自分のことをどう言ってる?」
そう。
あの時代、アヤは自分の名さえ忘れて、バードと名乗っていたのだ。
「というと?」
「アヤは、自分はアヤだと?」
「話は途中でも聞ける! 行くぞ!」
ンドペキが引きちぎるように扉を開けた。
「場所は?」
「バルトアベニュー十七番街!」
ンドペキとスゥが、隊員と共に前方を駆けていく。
イコマは、ユウとその後を急いだ。
チョットマはンドペキと一緒に先頭を行きたがったが、スジーウォンが思い留まらせている。
イコマよりさらに後方、スジーウォンとチョットマ、スミソ、そしてレイチェルが追ってくる。
歩みはゆっくりだ。
もちろんチョットマの身を案じて。
街並みはいつも通り、宇宙船の中とは思えない少々くたびれた風情を見せ、通りを行く人々もどことなくのんびり歩いている。
人らしい顔を持ち服を着ている者もいるが、パリサイドの身体の者が多く、黒い裸体を見せて悠然と歩いている。
イコマも彼らと同様、一糸纏わぬ姿。
恥ずかしいという気持ちは薄くなってきたとはいえ、まだ腰の辺りが心もとない。
それにまだ、飛ぶことはおろか、走ることさえままらない。
ンドペキ達の姿はもう見えなくなった。
早くアヤの元へ、と気持ちは焦るが、他のパリサイド同様、のんびり歩くしかなかった。
結局、アヤが自分の名を覚えているのか、という問いには応えてもらえずじまいだった。
アヤがどんな目的で街を歩いていたのかも。
アヤの言う、自分の住まいとは。
そして、行方知れずになってから、どうしていたのかも。
チョットマ達が追いついてきた。
チョットマが一団の先頭を行く。
もうすっかり元気だよ、という足取りで。
もう心配ないとユウが太鼓判を押した。
ウイルスに打ち勝ったのだ。
彼女の気力と意志力がウイルスにまさったのか、それとも彼女の肉体的特徴がウイルスを跳ね返したのか。
それはわからないが、様子を見る限り不安な要素はないという。




