72 パパはパパなんだから
展望室に降りて来て、急ぐというレイチェルを見送った後、イコマはチョットマと少しだけ話をした。
眼下に広がる街並みだけでもこの宇宙船の巨大さが知れるが、この作られた舞台ともいうべき客室フロア以外の空間、その大きさを考えると、気が遠くなる。
「チョットマ。最近、大活躍だね」
「ううん、全然」
チョットマは市民の様子をアイーナに伝える役を、しっかりこなしている。
彼女の信頼がチョットマに厚いことを目の当たりにして、イコマはうれしかった。
「これから、治安省長官のミタカライネンっていう人に会ってくるの。市長が紹介状を書いてくれたから」
「へえ! どんな話を?」
「プリブのこと、アヤちゃんのこと」
ミタカライネンにはレイチェルが既に会っている。
何の情報もないと言われて帰ってきているが、あれから数日経った。
新しい情報があるのでは、とチョットマは期待している。
「なんだか、よく分からないことばかり」
チョットマは大きく溜息をつき、唇を尖らせた。
「なにか、こう……」
いい言葉が見つからないのか、両手を頭の上に持っていった。
「苛ついたらだめなんだろうけど……」
イコマはマスカレードのことは言わないでおいた。
チョットマが受けた心の傷がどの程度のものであれ、あえて問うてその傷を大きくする危険を冒す必要はない。
「ねえ、パパ」
「ん?」
「運命って、どういうことを言うのかな」
びっくりした。
そんな言葉を持ち出すとは。
そんな意識は、きっぱり絶っておかねばならない。
「使い古された言葉だね。大昔、人は死ぬのが当たり前だった。人はいずれ死ぬ、それが運命、なんて言い方をしたな。でも、死んでも再生されるのが当たり前になって、運命なんて言葉も流行らなくなったな」
「そうなんだ……」
「そもそも、運命なんて言葉は、負のイメージがあるよ。素晴らしくいい出来事があって、それが運命だなんて言い方はしない。むしろとんでもないことがあって、それを受け入れろ、というような時に使う」
「そういうことなんだ」
「宗教的な意味合いがあったり、権力を持つ者が持たない者に向かって、お前の運命はこれなんだから我慢しろ、文句を言うな、というようなニュアンスがあるね。少なくとも僕は、運命なんてものを信じたことはないし、使いたくない言葉のひとつだね」
「……わかったわ」
少し熱を入れて話し過ぎてしまったかもしれない。
なぜ、チョットマがそんな言葉を出してきたのか。
「どうして?」
「うん、私の運命を知ってる、みたいなことを言う人がいたから」
「誰だ? そんなことを言うやつは」
無性に腹が立った。
人を不安に陥れるだけの言葉を、よりによって自分の娘にひけらかしたやつ。
ただでは済まさない。
「許せんな!」
「今度、話すね。私、もう行かなくちゃ」
「ああ、気をつけてな」
「うん。あ、パパ。私、みんなと話したいことがあるの。市長に聞いた話とか、いろいろ」
「ああ。聞かせて」
「今日の夜とか。みんな、集まれるかな」
「みんなって?」
「パパとンドペキとママとスゥ」
ママ!
「ママって、ユウのこと?」
「そうよ」
チョットマの口からママという言葉が出てきたのは初めてのこと。
なにか、心境の変化でもあるのだろうか。
嬉しさと同時に不安も湧いたが、チョットマ自身は、
「パパはパパなんだから、ユウお姉さんはママって呼ぶのがいいかなと思って」と、笑った。




