57 突破口が開けるかも
ンドペキは言葉が見つからなかった。
唸るばかりである。
スゥもイコマもユウも、口を堅く閉じている。
部屋に明かりはあるが、今日ほど頼りない光だと思ったことはない。
結局、アヤは……。
妙案もないまま落ち込んでいた。
元気出そうよと、スゥが淹れてくれたコーヒーも、飲みかけのまま冷めていった。
あれからアヤには、入れ代わり立ち代わり声を掛けた。
しかし、インタフォン越しに返ってくる声は、「帰ってください」というだけ。
あなた方を知らないし何の関係もない、迷惑だ、いい加減にしないと警察を呼びます、と言われて、すごすごと引き上げてきたのだ。
隊員が一人、ずっと見張ってくれている。
そこまでしてもらわなくていい、とスジーウォンには断ったが、「あなたが隊長だったら、ここで引き揚げさせる?」と言われ、甘えることにした。
スジーウォンもレイチェルも、留守番をしてくれたライラももう出て行った。
アヤの親、四人だけが途方に暮れている。
思えば、ここ数日、おかしなことが続いている。
プリブの件から始まり、俺、スミソと立て続けに眠りこけ、チョットマは未知のウイルスにやられ、アヤに至ってはこれだ。
スゥはさぞ疲れたことだろう。
そのスゥが変なことを言い出した。
「ねえ、ンドペキ。私がユウと同期したときのこと、説明して無かったよね」
ニューキーツ郊外のとある海岸で、海から上がってきたユウが記憶と意識を同期させたのだ、とは聞いた。
そう言うと、スゥが「その方法はね」とユウに目くばせした。
気を紛らわせる話題だろうか。
イコマと自分が同期したのは、カプセルを飲むという方法だった。
洞窟のホトキンの間での出来事だ。
「違うのよ」
「なにが?」
「私とユウの同期方法は」
そういやユウは、自分にするんだからもっと強引な方法、と言っていたな。
ユウが口を開いた。
「だめだったよ。あの方法も」
「試した?」
「うん。仕方ない。ノブやンドペキには、もう少し黙ってたかったんだけどな」
「なんだ?」
「どういうことや?」
「あの方法?」
「うーん、それは……」
かなり逡巡してユウが言ったこと。
「まえにちょっと話したと思うけど……」
パリサイドの中には、己の肉体をパウダー状に変えることができる者がいる。
その能力を持っているのは、一握りのパリサイドだけ。
ユウはそのうちの一人。
微粒子の霧となって、瞬時にして相手の皮膚から浸透していく。
たちまち肉体の隅々にまで入り込み、自分の記憶や意識を送り込むことができる。
精神を乗っ取ったり、同期することも可能だ。
スゥと同期したときは、その方法を取ったのだという。
「恐ろしい」
イコマの反応に同感だ。
ただ、ユウが化け物じみているわけではない。
まだ知らないことがある。それだけのこと。
「そう言うと思った。あまり話したくなかったんだけどね」
武器として備わったものだし、使用許可が必要だから、普段、使用することはないという。
「スゥの時は、部隊の誰にもばれないように、私だけ先行して海に潜って準備して。ま、そんな話、今はいいよね」
「ああ。聞きたいけど、次の機会に」
「だよね」
スゥが言いたかったこと。
パウダーになってアヤの部屋に入り込むことさえできたら、顔を合わせて話し合うこともできるのでは、というわけだ。
しかし、ダメだったという。
「あの扉、一粒子たりとも侵入できなかった。まあ、そうだろうとは思ってたけど」
船内のプライベートな部屋は、すべてその仕様になっているという。
この部屋も例外ではないそうだ。
「そうだったのか。残念。会って話せば、突破口が開けるかもしれないのに」
「ユウの顔を見れば、何か……」
イコマはそう言うが、もう先ほどから目を閉じている。辛いのだ。
「なあ、ンドペキ。やっぱり、隊員は引き上げてもらった方がいいかもしれない。あれじゃ、アヤは出てこれない」
ただそうなれば、建物ごと見張らねばならなくなる。
出入り口は正面の一か所だけのようだが、確実ではない。
それに万一、裏をかかれたり見失ったとき、取り返しのつかないことになるかもしれない。
もう二度と、会えなくなる恐れがある。
ンドペキもスゥも、そしてユウも、その提案に簡単に首を縦に振ることができないでいた。




