54 ケーキの山に降り注ぐもの
教祖が死んで百年ほど経ったとき、私達の命も、社会も、宇宙船も、限界に近づいていた。
人口はわずか七パーセントにまで減少し、沢山の船を星間に遺棄してきた。
何とか、人の再生装置、そして記憶継承装置だけは稼働させ続けてきたけど、それさえも怪しくなってきた。
そんなある日、星が見えたんだよ。
いや、見えてはいたんだ。
その星の様子が分かってきたんだ。
着陸できるかもしれないってことがね。
少なくとも、ガスの塊や、ドロドロに溶けた重金属の海や、プラズマの厚い層に包まれた星じゃない。
なにかしら硬い地面と大気のある星だってことがね。
ただ、もし着陸すれば、もう二度と飛び立つことはできないかもしれない。
そもそも、うまく着陸できるかどうかも、わかりやしない。
半ば惰性で飛んでいる宇宙船を、誰がどうやって制御するっていうんだい。
そんな議論が当時の政府にあったかどうか、私は知らない。
いつしか、その重力圏に捕まってしまっていたんだよ。
政府の連中は、成り行きで決断したんだろうね。
重力圏を脱するための操船より、着陸する方を選んだんだ。
当時、船団を構成していたのはわずか九艦。
人々はできるだけ分散して乗ることになった。自分達の命を繋ぐ確率を上げるために。
それがまた大騒動。
ばかげた話だよ。
うまく乗り移れなくて、宇宙空間に放り出された命は数知れず。
多くの犠牲を払ってようやくたどり着いた星。
それが、パリサイド。
私達が名づけたんだよ。
もう瓦礫の山となってしまったヨーロッパの美しい都の名をいただいてね。
なんだい?
私も信者だったのかって?
バカも休み休み言うんだよ。
聞いてなかったのかい。
神の国巡礼教団の船団に乗り込んだのは、亡者だけじゃなかったんだよ。
一口にスパイっていうことになっているけどね。
神なんて信じていないやつも大勢いた。
各地から選抜された連中が。
選抜と言えば聞こえはいいけど、それぞれ追っ払いたかったやつさ。
私も含めて。
それぞれに何らかの使命を与えられて。
あくまで名目みたいなもの。
私の場合は、教祖を殺めて支配者になり、適当に宇宙の名所を見物して戻って来いというものだった。
残念ながら、その使命は果たせなかったけどね。
私は昔、ある財閥の総統を暗殺しようとしていた。
私の事業に邪魔だったから。それに、民衆の支持も得ていたから。
しかし、失敗した。
手に余る存在だったのさ。
それで、スパイ役に抜擢され、神の国巡礼教団の船団に潜り込まされた。
もちろん、秘密裏にだよ。
抜擢? いいや、厄介払い。
私は、地球の歴史では、極のつく悪人だったんだよ。
大勢いたね。そんなやつが。
狂った連中とは違って、芯が違うからね。大抵は最後まで生き残っていた。
今も各方面で活躍している。
そんな素性も、今やオフレコでもなんでもない。
あえて自分から言うことはなくても、知れたところで不都合はない。
むしろ、誇らしいくらいさ。
と、ドアがノックされた。
「なんだ!」
途端に、アイーナの声音が厳しいものに戻り、口調にも棘が生えた。
「警察省長官、イッジ殿がお見えになりました」
「入れろ!」
ケーキの山にアイーナの唾が降り注ぐのを、チョットマは複雑な気持ちで見た。




