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53 可愛いお口が寂しがってる

 三分どころか、アイーナはかれこれ一時間近くも喋っている。

 チョットマはもっぱら聞き役。


 半ば強制されるように、ケーキを五つも平らげた。

 こんなにおいしいものが世の中にあったとは。

 アイーナは大昔はもっとおいしかったというが、ニューキーツはもちろん、今の地球から消えたお菓子。


 それほど地球の文明や文化は後退してしまったということなのだろう。

 コーヒーは思っていたほどおいしくはなかった。

 ただ、この高揚感は何だろう。

 そんなことを考えながらチョットマは、時々、質問しては相槌ばかりを打っていた。



 アイーナはどう見ても上機嫌。口は止まることを知らない。


 なんだって? パリサイド?

 星の名前に決まってるじゃないか。なにを言ってるんだろうね、この娘は。

 人は自分達のことを何と言う? 人だろ。もっと大きく捉えるときには、人類って言うだろ。

 私達だってそう。

 自分達のことをパリサイドなんて言い方はしない。


 ただ、地球に帰還することにしたとき、地球に住み続けている人々と、私達を区別する必要があると思った。

 そこで、パリサイドと名乗ることにしたのさ。

 まさか、神の国巡礼教団の成れの果て、なんて言われたくなかったからね。



 どんな星かって?

 普通。全く普通。

 どう普通かと言えば、地球と同じ。

 平原があって海があって、山がある。

 昼もあれば夜もある。

 空気もある。重力は少し小さいけどね。

 地球より大きいといったって、ただただ、単調なだけ。

 ペアになった星だからと言って、珍しいものじゃないしね。



 唯一、無いものと言えば、そう、雪が降らない。

 季節がないのさ。

 どんなに高い山があっても、そこに氷河もないし、むしろ暑いくらい。

 私の生まれ故郷はね、とっても寒い国。

 バルト海、知ってる?

 ああ、あの静かな雪景色。もう一度見てみたい。

 身を切る風が吹きすさぶ、凍える氷原を走ってみたい。

 それが私の地球に対するノスタルジー。



 いつから、パリサイドに住んでるのかって?

 それはいい質問だね。

 じゃ、聞くけど、神の国巡礼教団の話は聞いたことがある?




 ああ、まあだいたいそういうこと。

 それなりに歴史も勉強してるじゃないか。



 もう数百年も前のことだよ。

 教祖が死んだ。

 実際は殺されたんだけどね。

 そこから教団は瓦解していった。

 教団が倒れ、後はろくでもないやつが統治を引き継いでいった。



 政府と名乗るいろんな連中が、入れ代わり立ち代わり、人々をまとめようとした。

 しかし、元々、宗教に狂った連中の寄せ集め。

 神なんてものを信じて、親も子も捨て、恋人も捨て、地球という故郷まで捨ててきた連中なんだよ。

 単に舞い上がっていただけの連中。

 おバカにも、教祖とやらの口車にやすやすとのせられてしまった連中。

 祈りなんて言って、トランス状態の快感に酔っていただけの連中なんだよ。


 その時に少々高い地位にいたとか、金を持っていたとか、腕力があったとか、人当たりが良かったとか、運が良かったとか、口が立ったとか、そんな理由で社会を統べていけるはずがない。

 するとどうなる?

 そう、私達の社会は、たちまち立ち行かなくなったのさ。



 差し迫った危機は飢餓だったね。

 船団のエネルギー備蓄は充分にある。しかし、それをうまく引き出し、コントロールし、有効に使う。

 これができない。

 そのうち、宇宙船も、街も、生産設備も何もかもが老朽化し、経済も文化もすべてが朽ちていった。

 なにもかも、お先真っ暗。



 社会は荒れたさ。

 大勢の市民が飢えに倒れた。

 あるいは殺された。

 あるいは得体のしれない病気が蔓延した。

 袋の鼠みたいに逃げ場のない宇宙船の中で、人々は明日の何をも期待できない年月を送った。


 よくもったものさ。

 百年もの間。




 その間、宇宙船は旅を続けた。

 もちろん、地球に帰るために。




 絶望だけを乗せた旅。

 崩れ落ちようとしている宇宙船に、かつてのような航法はとれない。

 図体が持たないのさ。


 低速安全航行。

 地球に帰れる見込みなんて、ない。

 光の速度で飛んだとしても、千年はかかる距離。

 それを、音速程度で飛ぶんじゃね。

 望郷の念は募れど、口にすることさえ憚られる、そんな状態だった。




 ほらほら、可愛いお口が寂しがってるよ。

 そうだ。

 アイスクリームを出してあげよう。とっておきのがあるんだ。

 好きだろ?

 え、知らない?

 なんてまあ、可哀想に。


 さあ、いくらでもあるからね。



 アイーナは鍋一杯ほどのアイスクリームを抱えて、それでも話は止まらない。

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