51 観察、いい加減にしてよね……
その頃、チョットマはアイーナ市長の執務室の前にいた。
緊張していないことを確かめると、秘書官に「ドキドキするね」などと言って、反応を確かめた。
秘書官は、ニッと口元を歪めただけで、アイーナの機嫌がいいも悪いとも言ってくれはしなかった。
「では、開けますよ」という言葉だけで察しろ、というように。
スミソをドアの外に残し、チョットマは執務室に入っていった。
部屋はレイチェルから聞いた通りで、窮屈だがいい香りがした。
「失礼します!」
張り切って声を張り上げた。
部屋の中央に大きな花柄の白いクッションがある。
あれだ。
「初めまして。チョットマと申します。レイチェル長官は、仲間の急病に立ち会っていますので、私が代理として参りました。レイチェルのクローンです!」
すらすらと言葉が出てくる。
調子がいいぞ、とほくそ笑んで相手の反応を待った。
それにしても、なんて趣味の悪い部屋だろう。
これじゃ、市長としての執務もできっこない。
それとも、これは応接のための部屋?
なにかのまじない? 積み上げられたクッションの山。
一杯、埃が立つんじゃないかな。
そんなことを思いながら、言葉を待った。
「ふうん」
やっと声があった。
確かに、中央の大きなクッションだ。
顔がどこかわからなかったので、目のやり場に困った。
しかも、声はそれきり。
アイーナはパリサイド。
人の姿を取ることができる部類。
選ばれたパリサイド、あるいは特権階級ということになる。
なのに、この姿とは。
人の姿を取ることができるパリサイドはおおむね、素敵な容姿を持っている。
誰も好き好んで、いまいちの姿をとることはしない。
中には、元々の自分なのだろう、はっきりそれとわかる顔をしている者もいるが。
それにしても、この巨大な丸い体は。
アイーナがパリサイドになる前の本来の姿であるはずがないし。
かなり上位のパリサイドであれば、いくつもの姿をストックしておけると聞いたことがある。
だとすれば、彼女にはどんな事情があるのだろう。
この姿を見せていることに。
とても意志の強い人だということになるし、少し同情してあげなければいけないのかもしれない。
それにしても、いつまで待たせるのよ……。
観察はまだ終わらないの?
もうひとつ、言っておこう。
大事な要件。
「プリブの件で、なにかお分かりになったことを、お伺いしてきなさい。そう言われてお邪魔しました」
「ふうん」
また、それだけか。
「よし! わかった」
「はい!」
「いや、わからない」
「はい?」
いい加減にしてよね……。
ようやくクッションに顔の輪郭が見えてきた。
目もあるし、口もある。
その眼を見つめ、待った。
「聞きたいことがある」
アイーナが初めてまともな声を出した。
ハスキーだが、威厳の備わった声だった。
「クローンなのに、本人と同じではないんだな」
「はい」
「顔も姿も、髪の色も」
「そうです」
「お前は何のために作られた?」
「さあ。存じません」
知っている。
レイチェルが私やサリに望んだこと。
しかし、それを話すわけにはいかない。
きっと、アイーナは馬鹿にするだろうし、レイチェルに悪い。
「知らない?」
「ええ」
「クローンとは」
アイーナの言うことは理解できる。
何らかの役割を持たせるために、生み出されたコピーなんだから。
そしてそれが多くの場合、かなり似通った容姿で作られることも。
かなり昔に、その技術は禁止されたことも。
「まあ、そうだな。地球のホメム、今は生粋の血筋も絶えようとしている。人類。その生き残りとして、作ったのかもしれないな」
アイーナの想像は間違っているが、大きく外れているわけでもない。
チョットマは、もしそうだとすれば光栄なことだと思います、と応えておいた。
「まるで、クローンに見えないね。チョットマと言ったか。おまえ、自分の頭で考えている」
さすがにこれには、「当たり前です!」と反応してしまった。
生意気に聞こえたかもしれない。
「私は、あくまで私です」
とまで、付け加えてしまった。




