5 双戯感謝祭の日に街をうろついて
後を追ったが、路地はひっそり静まり返っていた。
アヤではない。
直感はそう告げている。
体格が違う。
アヤより、少し細いような……。
と、背中がざわついて、ンドペキはとっさに振り向いた。
が、誰もいない。
チリが光って、ゆっくりと拡散していくだけ。
鼻を鳴らし、肩の力を抜いた。
人影を見て、少しほっとした面はある。
ここは巨大な宇宙船の中の街。
魑魅魍魎が行きかう街だとは思っていないが、夜に出歩くなというサワンドーレの言葉が気にはなりかけていたのだ。
人影は女性だったような気がする。武装もしていなかった。
パリサイドかどうかまではわからない。
ただ、そんな誰かが歩いている街なら、切迫した危険はないのだろう。
しかしもう、部屋に帰った方がいい。
アヤの能力をもってすれば、しかも聞き耳頭巾を使ったとなれば、声を聞き分けられたことだろう。
もし不調だったとしても、今夜のところは諦めたはずだ。
いつもうまくいくわけではないことは、先刻承知なのだから。
アヤが聞いたという声。
むろん、ンドペキには何も聞こえはしなかった。
アヤは、人の声ではないような、と表現した。
とすれば、木の声や鳥の声といった種類の声だろうか。
ここには木も生えていないし、鳥も棲んでいない。石ころさえ転がっていないのだから、そう言ったのだろうか。
そんなことを考えながら、自分たちの住む街区に戻り始めた。
街路や街並みに、見るべきものはない。しかも、深夜。
照明は暗く落とされ、チリチリした光が浮遊しているほかは、昼間とさして変わりはない。
おのずと歩調は速くなるが、一時間余りもあれば帰り着くだろう。
アヤはもう部屋に帰っているはず。
その思いは確信になっていた。
空を見上げた。
母船の天井を、空と呼ぶなら。
それほど暗く、突き抜けるような高さが感じられた。
もうすぐ夜が明ける。
夜明けは午前五時と決まっている。
その時刻、空は藍色を帯び、茜色に染まっていく。
そういえば、なんとか祭といったな……。
大切なことを思い出した。
今日、十二月二十五日は「双戯感謝祭」
パリサイドにとって、記念すべき日だと聞く。
サワンドーレによれば、人類がパリサイドとして劇的な進化を遂げた日だという。
ただ祭日といっても、特別な行事があるわけではない。
己の体を慈しみ、身体を横にしてゆっくりと休むのだという。
「街はほぼすべての機能を停止します。あなた方も、ゆっくり休んでください」
出かけてはいけないのか、という問いに、
「奇異な目で見られることは、あなた方にとって得策ではないのでは?」
と、パリサイドの講師は返したのだった。
しまったかな。
サワンドーレの忠告に従わず、アヤとンドペキは双戯感謝祭の日に街をうろついたことになる。
フン。
アヤもンドペキも、マト。
縛られることのない生を六百年も過ごした身ならば、パリサイドの妙なしきたりに不逞な気分になることは仕方のないことだった。
パリサイドは太陽に縛られない宇宙空間にありながら、依然として太陽暦を使用している。
一年は三六五日。二四時間で一日が繰り返される。
地球の時間軸とパリサイドの時間軸は同じだが、この数百年の間に数時間以上のズレが生じているらしい。
ただ、地球に戻れない今となっては、どうでもいいこと。




