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46 リンゴが一つ、転がり落ちた

 隊員が口ごもる。


「それが……」

「具合でも悪いのか?」

「動けないのか?」

「こっちに向かっているんじゃないの?」

 もう、ンドペキは外に飛び出している。

「早く案内してくれ!」



「それが……、ここには来ません」

「えっ! なぜ! どうしたんだ!」

「落ち着いて! ンドペキ!」

 部屋に戻ったンドペキが乱暴に扉を閉めた。


「いったい、どういうことなんだ」




「はい……」

 隊員が顔を曇らせた。


「ん? 言いにくいことなのか?」

「落ち着いて」

 詰め寄るンドペキを諭して、スジーウォンが声を掛けた。

「構わない。話して」




 一瞬の間があった。

 隊員はまた、「それが……」と言ったきり、ンドペキとスゥの顔を窺うように見た。


「さあ、報告してくれ」

 ンドペキに促されて、ようやく隊員が話し出した。



「発見するにはしたんですが……」




 イコマの胸騒ぎが現実のものとなりつつあった。

 アヤの身に異変が起きたのだ。



 アヤはあっさり、普通にしていたと言ったそうだ。

 元気ですよ、とも。

「実際、アヤちゃんは元気そうでした」

 連行されたわけではないようだ。



 ンドペキが探した街区より、さらに先の街で発見したという。

「なにか用事でもあるのか、急ぎ足で歩いているところを見つけたんです。颯爽としていて、何となく嬉しそうで」




 しかし、隊員の次の言葉は、部屋の中に、砕氷機の中身をぶちまけたかのように凍りつかせた。

「一緒に帰ろうというと、私の家はそっちじゃないというんです」

「は?」



「それに、私の顔も覚えていないようでして……」

「えっ」

 隊員が生唾を飲み込む音が聞こえた。

「まさか」



「……ンドペキのことも……」

「なに!」



 隊員は、一人ひとりの名を挙げたという。

 スゥ、イコマ、JP01、レイチェル、スジーウォン、チョットマ、コリネルス……。

 そして首を振った。


「誰も……」

「そんな……」




 イコマは膝が震えてきて、眩暈がした。

 思わず椅子の背を掴んで体を支えた。

 ユウの腕が腰に回され、それを握って落ち着こうとした。

 ンドペキも声が出せずに、隊員を睨みつけている。


 隊員は申し訳なさそうに、うな垂れている。

 自分の腕を強く抱きしめたスゥの指先が白くなっていた。

 レイチェルは赤くなった目を見開き、言葉を失った唇を震わせていた。


「覚えていない……」

 チョットマの呟きが沈黙の中に消えていき、テーブルに置いてあったリンゴが一つ、転がり落ちた。




 暗然とした思いの中で、記憶が甦ってきた。

 また、あの時代に戻るのか……。

 数百年もの間、アヤが記憶を失っていた、あの時代に……。


 イコマはたった一人ぼっちで、思い出だけを心の支えにしてアギとして生きてきた、あの永い永い年月に。


 あの頃の苦しみが一気に押し寄せてきて、涙が滲み出すのを止めようがなかった。

 三人で過ごした日々のなんと短いことか。


 しかし、今はユウがいる。

 ユウなら。

 パリサイドのユウなら。

 ユウなら、なにか手だてを。


 イコマは涙を何とか食い止めると、滲む目をしっかりと見開いた。

 そして聞いた。

「アヤは、自分のことをどう言ってる?」


 そう。あの時代、アヤは自分の名さえ忘れて、バードと名乗っていたのだ。

「というと?」

「アヤは、自分はアヤだと?」


「話は途中でも聞ける! 行くぞ!」

 ンドペキが引きちぎるように扉を開けた。

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