39 私の計算では
「現在、当船はご承知の通り、ピークサーフ航行中ですが、ハイエッジ状態でありまた、プリミティブエナジーが極大化しています」
意味が分からない。
「そのため、パリサイドへの到着はかなり早まる予定です」
「そうですか」
そう応えるしかなかったが、キョー・マチボリーはその反応に不満だったようだ。
「おや、嬉しくないのですか」と、聞いてくる。
「太陽フレアから救ってくださっただけで、今は満足していますので」
それは事実。
しかし、これからどうなるのかという不安はある。
そもそも、地球を出てからまだ数週間しか経っていない。
とりあえず住むところを得て、支給される通貨を利用してその日暮らしを始めたという段階である。
中には、生きていくための仕事を見つけようとしたり、商売を始める準備をしている者もいる。
講師から聞く話には、この先のことについての示唆はない。
どこに向かっているのかさえ、明確にされていないのだ。
地球から来た者にとっては、この宇宙船での暮らしが相当の年月続くのだろうという漠然とした思いがあるだけ。
先の見えない不安。
そんな言葉が人々の口から出ては消え、たいしてすることのない日々を送っているのだ。
「でも、早く到着するのは嬉しいことですね」
そう返しながら、窓の外を見た。
さまざまな色や光が、荒れ狂う嵐のように通り過ぎていく。
宇宙船は、単に宇宙の暗闇を粛々と進んでいるのではない。
それくらいのことはわかる。
次元の隙間、そう一般的に言われているスペースを旅しているのだろう。
「いつごろ、なんですか?」
十五年かかるところが、十二年ほどに縮まったなどということなのだろう。
しかし、それを教えてもらえば、みんなにひとつ報告ができる。
そう思って、私はプリブの件は後回しにしてキョー・マチボリーに付き合うことにした。
「あの、パリサイドの母星に向かっている。そういうことなんですね?」
キョー・マチボリーはすぐには返事をしなかった。
私は椅子の背を見つめた。
ガタリとも動かないし、なんの変化もない。
後ろに立っているはずのオーシマンを振り返ろうとした時、やっと声が聞こえた。
「ふむ。何も聞いておられないようですね」
「はい。今後のことについては」
キョー・マチボリーは吐息をつくと、
「いったい、講師どもは何をお話ししておるのだ」と、呟くように言った。
「レイチェル長官。私から申し伝えておきます。皆さん、地球からのゲストをきちんともてなすようにと」
「あ、それは、ありがとうございます」
耳が痛かった。
それは、自分の仕事ではないか。
食料や住まいだけでなく、人々に明日を見せるのは。
人々の不安を和らげ、この母船の行政当局に毅然とした申し入れをするのは自分の役割ではなかったか。
「私の計算では、十一日と十九時間後に、パリサイドの重力圏の端部に到達する見込みです」
「えっ」
「パリサイドの安定軌道に乗るまでその後五十九時間程度、地面に立つことができるのは、プラス三十時間程度というところでしょう。順調に最短でいけば、ということです」
「そんなに早く……」
「ニューイヤーの祭りには間に合いませんが」
パリサイドの母星……。
どんなところだろう。
もっと聞いてみたいことがたくさんあったが、そろそろ本題に入らなければならない。
「プリブの件ですが」と、促した。
椅子の背は、また黙り込んだ。
パリサイド達が住む星、パリサイド。
過ごしやすいところだとか、地球と似ているといった情報は、それなりに得ている。
太陽のような恒星を回る惑星のひとつだろうか。
それなら、地球と同じように、光溢れる昼と、闇があらゆるものの姿を見えなくする夜が交互にやって来るのだろうか。
そんな想像を膨らませることはあったが、それより今は目の前のことを。
「なにか、ご存知のことがあれば、教えていただきたいのです」
ようやくキョー・マチボリーが何かを言いかけた。
知らぬと言ったように聞こえた。
ただ、予想していた回答ではある。
「では、お伺いします。一般市民を連行する権限を持っているのは、どんな組織でしょう」
これなら答えられるだろうか。
「少なくとも、当船の乗組員ではないと言えます」
と、椅子の背。
「私が統括している武装部隊は、船の安定的な就航を維持するためだけに配備しているものです。市民の生活に、いかなる関わりも持ちません」
私は頷いて、次の言葉を待った。
またしばらく間が空いた。
どう返答したものか思案しているのか、私には聞こえない方法で船長としての指示を出しているのかもしれない。
粘り強く待った。




