38 椅子の背
扉の先には、また違う展望室が広がっていた。
窓の外には、七色の光が渦巻いている。
なんとなく、不気味な液体の中にいるような気分になる。
数歩進んだところで、オーシマンが立ち止った。
部屋の中央部に、ぽつんとひとつ、椅子が置かれてあるだけ。
椅子の背だけが見えていて、そこに座っているであろうこの部屋の主の姿は見えない。
母船の船長キョー・マチボリーは常に司令室にいるというのだが、ここがそうだろうか。
計器や機器らしきものも、デスクも何もない。
毛足の長い青い絨毯が敷き詰められてあるだけの空虚な部屋。
オーシマンに促されて私は椅子に歩み寄っていった。
ん?
誰も座っていないのでは?
そう感じながら、椅子の手前で立ち止まった。
声を掛けてもらう前に、正面に回るのは礼を欠くというもの。
やはりそれでよかった。
船の主は、開口一番、「お見せするほどの姿をしておりませんので、このままで失礼します」
と言ったのだ。
まるで、椅子の背が話しているような感じだったが、きっととても小さな人物なのだろう。
「レイチェルと申します」
「またの名を、タールツー、そしてまたの名をキャリー。ようこそ、このツウテン展望台へ。ニューキーツ長官」
誰もが入れる場所でもないのに展望台。
不遜とも取れる言葉だったが、声は柔らかく、宇宙船の最高責任者とは思えない繊細なトーンだった。
「何のおもてなしもできませんが」
「いえ、お気遣いなく」
そんな通り一遍の挨拶を交わした後、私は単刀直入に聞いた。
当方の隊員、プリブを連行した組織に心当たりはないかと。
もちろん、先ほど垣間見たこの船の武装した乗組員によって連行された可能性は否定できない。
ただ、そう聞くわけにもいかない。
心当たりはないかと問えば、何らかの反応はあるだろう。
キョー・マチボリーの表情が見えないのは辛かった。
まるで椅子の背に話しかけているようなものだ。
しかし、キャプテンはすぐに声を返してきた。
私が期待、あるいは想像していた言葉とは全く違う言葉を。
「レイチェル長官、あなたには特別な情報を」
と、含み笑いを漏らしたのだった。




