表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/200

35 これを人は、愛と呼びます

 あっ、雪……。


 振り仰ぐと、キラキラした光の粒は雪のように白く、ホールの上空を覆っていた。


「よく聞け! この曲が終わるとき!」

 男の声が降り注ぐ。


「惨劇は始まる! 元の世界に戻りたくば、速やかにホールから立ち去れ! さもなくば!」

 と言ったきり、男の声は消えた。


 後に残されたものは、小さな白い光が渦巻くのみ。




 ふと、EF16211892が囁いた。

「仮面を」

「えっ」

「冗談です」


 むろん、仮面を外すことに躊躇はない。

 しかし、ここは仮想空間。

 男が、叩き出せと言った限り、何が起きるか知れたものではない。



「また、お会いできますでしょうか」

「ええ、きっと」


 たとえゲストを喜ばすシナリオだとしても、コンピューターが生み出した幻影だとしても、うれしかった。


「きっと会えますわ」

「おお、ありがたき幸せ。この喜びを胸に、次の舞踏会を首を長くして待っております。どうか、わたくしをお忘れになりませぬよう」

「忘れません」


 忘れるものですか。




 曲が終わった。


 ホールからそそくさと立ち去る人々の上で、光が激しく渦巻いていた。

 不吉なほどに。



「私たちも離れましょう」

「何が起きるんですの?」

「存じません。さ、早く」



 EF16211892は慌てているようだ。

 引っ張られるように、ホールから出た途端、後ろで激しい破壊音がした。

 悲鳴が上がった。


 シャンデリアが!


 床に叩きつけられたシャンデリアはものの見事に砕け散り、辺りには一瞬にして暗闇が襲ってきた。

 落ちたシャンデリアの上で悪魔が咆哮し、炎を吐きだす。



「皆様、ご安心ください」

 ホールボーイや掃除係が一斉に松明を掲げた。

「危険はございません!」


 係員達は笑みをたたえている。

 人々の悲鳴は次第に収まり、人騒がせな演出だよ、という声も聞こえた。


「まだ、十分にお時間はございます。ゆっくりとご準備ください!」

「お帰りの際には、宮殿入口にてご案内を差し上げます。どうぞ、そのままの姿でおいでくださり、一言お声掛けくださいませ!」




 一陣の風が吹いた。

 宮殿の扉が開いたのか。

 チラチラしたものが巻き起こした風か。

 微細な粒子がそれぞれに光っているように見えた。


「本日はご来場、まことにありがとうございました!」




 EF16211892は、三階の貴賓席まで送ってくれた。

「姫、ひとつ、わたくしとお約束をしていただけませんでしょうか」

 途中、手を離さない。

「はい。なんでしょう」

「お互いに理解し合おうと努力すること。これを、人は、愛と呼びます」

「は、はい……」

「次にお会いするときには、もう少し、わたくしのことを」



 この男は最後まで、こうやって気分を盛り上げてくれる。

「そうですね。喜んで」


 仮面舞踏会が完全に幕を閉じ、オペラ座のあのペア用ブースに戻るまでは、姫君になりきっていようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ