33 ルン、チャッチャ
彼の足が踏み出された。
私の腰にある手にやさしく力が込められ、それに合わせて私の足も動き出した。
彼の目、サングラスの奥にあった瞳を見つめて。
お姉さんに歌を教えてもらっていて本当に良かった。
リズムというものは私の身体にある。
少し変わったリズムでも、何とかなる。
それに宮殿に入ってから、このリズムに身体を合わせてたからね。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ、ルルン、チャッチャ、ルーン、チャッチャ。
踊りなんて適当。
まずはリズム。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ、ルルン、チャッチャ、ルーン、チャッチャ。
「申し訳ない」
と、EF16211892は何度も言う。
「いえ、大丈夫です」と、私は応える。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ、ルルン、チャッチャ、ルーン、チャッチャ。
靴を踏まれようが、たたらを踏もうが、気にしない気にしない。
私も彼の向う脛を何度蹴とばしたことか。
音楽は盛り上がり、テンポが増していく。
かと思えば、スローダウン。
その都度、彼はテンポを外し、手は汗ばんでくる。
「申し訳ない」
「いいえ、お気になさらないで」
なんて、私の言葉も変わっていく。
回る回る。
調子に乗って。
リズムを追って。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ、ルルン、チャッチャ、ルーン、チャッチャ。
今度は左回りね。
スカートを翻して。
可憐に軽やかに。
上手に引っ張ってね。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ、クルン、チャッチャ、クルリン、トントン。
一曲が終わった。
さあ、どうするの?
もっと踊っていたい。
やっとコツが飲み込めてきたから?
それとも、この楽しさを終わらせたくないから?
パパは見てるかな?
振り返ろうとした途端に、新しい曲が始まった。
EF16211892の手が私を軽く押し、脚がリズムを刻み始めた。
「もう少し、ご一緒に」
と、彼の声が聞こえた。
「ええ」
二曲目、EF16211892は饒舌だった。
ダンスに慣れてきたのかも。
「貴女のような素敵なプリンセスに、こうしてお相手いただけるとは、この上なき光栄」
「身分の違いを感じさせない、貴女はお優しいお方です」
「このような楽しい夜、もう二度とはないでしょう」
「麗しき今宵、私の眼にはもう何も映りません。貴女以外には」
などという。
「プリンセス、貴女がこの宮殿にお入りになって来られた時から、いえ、馬車に乗られていた時から、私の眼は貴女に釘付けでした」
「それは、どうかしら」
ここで突っ込むことではないが、からかってやりたくもある。
「馬車に乗っていた時と、服装は全然違うもの」
「いいえ、プリンセス。貴女から発せられる高貴さは、百万本のバラより香しく、たとえどんなご衣裳を纏われようとも、私のような無粋な者でもはっきりと感じられるのです」
「そう?」
そういうことにしておこう。
ルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ。
次の曲も、また次の曲も、ルルン、チャッチャ、ルン、チャッチャ。
あ、パパが見えた。
首を回した途端、テンポが乱れたのだろう。
EF16211892の声が沈んだ。
「この曲が終われば、パパ様の元へお送りさせていただきます。それまでは、どうか」
彼のリードで私はクルリと回った。
もう少し。
あるいは、この曲が少しでも長く。
声には出さず、彼の提案を拒否するかのように、激しく舞った。




