32 最初の一歩はどうするの
誰もが声をあげて笑った。
ライラは、手を叩いて囃し立ててくれる。
チョットマの気分を盛り上げようと。
「で、その可哀想なカエル、どうした? 後で見に行ってやったのか?」
ンドペキがチョットマの腕をポンポン叩く。
「まだまだ……先があるよ……お話はこれから……が本番……」
チョットマも少し笑った。
私達の席の前まで来たけど、パパはカーテンを下ろしてた。
今の話を教えようかなと思ったけど、時間には限りがあるでしょ。
仮面舞踏会遊びが何時間くらいあるのか知らなかったし。
コスチューム選びに、時間掛けすぎちゃったから。
「カエルの話を聞きに、ずいぶんと道草したしね。で、その後は?」
イコマは、そう言って話の続きを促した。
実際はもう聞いている話だが。
チョットマは目を輝かして、また話し出した。
ホールに降りていくと、すぐさまダンスの申し込みを受けたわ。
さすが、オペラ座のマスカレードね。
それも二人同時に。
お客さんを飽きさせない。
ひとりは大男で、ものすごい髭を生やして、角の生えた鉄の帽子を被ってた。
分厚い胸板やブーツには鋲がびっしり並んでいて、とても手を取って一緒に踊れるような相手じゃない、みたいな。
大げさな剣をガチャつかせて、「お嬢さん、一曲、いかがでしょう」と、手を差し出されても。
手甲にも棘棘、ついてるし。
もうひとりは、体型は普通だけど、コスチュームが……。
まるで緑色の大トカゲ。
体にフィットしているというか、全身ぴちぴちの。
どんな素材でできているのかわからないけど、黄色に緑に発光してるの。
目だけが本物の眼なんだけど、パリサイドの目。さすがに目を合わせるのも恥ずかしい、みたいな。
同じように「踊りませんか」と言われたけど。
ここは、断るべきなんだわ。
マスカレードの頭脳は、もっといい相手を差し出してくれるはず。
いや、ここでどちらかを選ぶのがシナリオなのかな。
待てよ。
こうやって悩んでいる間に、私を巡って決闘でも、なんて考えてみたり。
という間に、もうひとり、現れたの。
もう少しまともなのが。
といっても、奇妙には違いなかったけど。
頭の上からつま先まで、ぼろぼろのローブ姿。ぶかぶかの帽子を目深に被って。
浮浪者。
別に嫌な臭いはしなかったけど。
彼はね。
まず名乗った。
「畏れ多くもアラブのプリンセスよ。名乗ることをお許しください。わたくし、EF16211892と名付けられし者、一介の卑しき兵士でございます」
と、パリサイド流の名前。
兵士というには服装が、と思ったけど、ここは仮面舞踏会。
「どうか、暫し、わたくしのお相手を」
継ぎはぎだらけのローブをたくし上げて、きれいな手を差し伸べてきたわ。
私がその手を取ったから、先の二人は出した手の持って行き場に困ってた。
大男なんか、トカゲと握手しようとしてたけど、可哀想に払いのけられちゃって。
「ありがたき幸せ!」
と、ぼろ服は恭しくお辞儀をしたわ。
その拍子に、掛けていたサングラスの奥が見えたの。
パリサイドの眼じゃなかった。私たちと同じ目をしていた。
まあ、きっとあれだけどね。
彼は、ううん、EF16211892と呼ぶべきね、ちゃんと名前を聞いたんだから。
上手に人波をすり抜けて、私をホールの中央まで連れて行ったわ。
本当のど真ん中。
エスコートされて、ホールの主役になった気分。
ときめき?
ちょっと違うけど、胸が高鳴るって、こういうことを言うのね。
EF16211892の手が私の手を優しく包み込んでいる。
もう一方の手が私の腰に回され、私は彼の肩に手を置いて。
シャンデリアが揺れている。
明かりも揺れている。
周りで踊っているペア達の姿が視界から消えていく。
音楽が降り注ぐ。
胸の高鳴りは止められない。
繋いだ手の温かさ。
彼の漏らす吐息。
私の息遣い。
さあ、最初の一歩はどうするの。




