29 ソーダー水だよ!
ユウに腕を掴まれた。
黙って、こちらに来いという。
「ンドペキ。チョットマを励ましてあげて」と言い残して、声が届かないところへ。
嫌な予感がした。
この状態を抜け出せなければ……。
ユウが小声で話してくれる。
万一の場合を。
「あのままの状態、続くことはないのよ」
「……」
「いずれ、早ければ今にも、目が覚めるはず」
「そうなのか」
ほっとしたのも束の間、
「その時が一番大切なのよ」と、釘を刺される。
ウイルスの脅威から抜け出せるかどうか、目覚めてからの数時間にかかっているという。
「楽しかったこと、うれしかったこと。そういうことをしっかり思って、自分を見失わないようにしなくちゃいけない」
「自分を見失う……」
「それができれば、数時間後には元のチョットマに戻ることができる」
「できなければ……」
ユウが言いにくそうに、しかしきっぱりと言った。
「精神が壊れてしまう」
「なっ……」
「つまり、気が……、狂う……」
「……」
「でも、それは稀」
九割以上の確率で回復するという。
安心してよいのか悪いのか、わからない話だったが、一割以下とはいえ危険が迫っていることだけは確かだ。
「一見、回復したようでも、なんとなくその人じゃなくなってしまったような例もある」
すっきり治るというわけでもないようだ。
「それって」
後遺症?
あるいは、ウイルスに負けてしまった?
身体や意識を乗っ取られて、というような?
「発現率はかなり高い。まあ、普通の生活に支障があるわけじゃないから」
「再発は?」
「わからない。すべての患者の予後が延々と追跡されているわけじゃないし、そもそも原因さえ掴んでいるわけじゃないから」
イコマはアヤやチョットマが気になって、ユウのいう意味がはっきりと飲み込めなかったが、今やらなければいけないことだけはわかった。
チョットマが意識をしっかり持つことができるように、声を掛け続けることなのだ。
楽しかった思い出を話して。
「だから、しっかり思い出させてあげて」
「わかった」
「あまり古い過去のことより、最近のことの方がいいみたい。まだリアルに思い出せることを」
「よし」
「できれば、ノブが話すより、本人が話す方がいい。その方がチョットマが集中できるから」
ユウがシルバックに声を掛けた。
「飲み物を用意して。チョットマが目覚めたときのために」
「わかった。なにがいい?」
ユウが向き直った。
どうする?
チョットマが好きな飲み物……。
「ソーダ水だよ! レモンも入れておあげ」
ライラが叫ぶ。
「それから、口に入れるものも」
「リンゴとイチジクだよ!」
スミソが飛び出していく。
「けちけちするんじゃないよ! 特上のものを」
ライラが財布を投げる。
「音楽は?」
「あの歌だ! いつもそばに!」と、ンドペキが叫ぶ。
「でも!」
「じゃ!」
ライラが立ち上がった。
「チョットマの先生を!」




