27 年寄りのやっかみさ
確かに。
いつごろからだろう。
ライラと呼ばずに、おばあさんと呼ぶようになったのは。
地球を出てからだ。
言われなくてもわかる。
それがとても失礼な呼び方だということは。
マトやメルキトは数百年も再生され続けて生きてきた。
現在の年齢や見かけの年齢が意味をなさなくなって久しい。
市民の間に、攻撃隊の中でも、見かけ年齢による上下関係はない。
でも、私はレイチェルのクローンとして生み出された命。
実際、まだ三年も生きていない。
スゥの洞窟やエリアREFに籠って、アンドロ分と対峙していたころと違って、今は、平和。
何もすることがない。
この緊張感のなさ。
つい、見かけ年齢で人を判断し、おばあさんなどと呼んでしまっていたのだった。
「ごめんなさい。ライラ……」
「ああ、それでいいよ」
ライラ、機嫌悪いみたい。
本当は、この船に避難するつもりではなかったと思う。
アンドロ次元に夫のホトキンと一緒に移行したのだから。
でも、神の国巡礼教団に取り込まれ、パリサイドとなった娘のサブリナを追って、またこの次元に戻ってきたのだ。
悲しいことにサブリナはエーエージーエスの中で死んでいたが、もはやアンドロ次元に戻る方法はなく、いわば仕方なくパリサイドのこの船に避難することを余儀なくされたのだ。
その時のことをチョットマはよく覚えている。
情けなかった自分。
大好きなンドペキに悪態をつき、泣きわめき、どうしようもなく惨めだったあの時。
こちらの次元に戻るというスミソに抱かれて、こちらに戻ってきた。
ンドペキと離れることは辛かったが、身から出た錆と、受け入れるしかなかった。
結局、ンドペキも娘のアヤちゃんを探してこちらの次元に戻ってきてくれたときは、どんなにうれしかったことか。
まだ一月ばかり前のこと。
でも、だれももう、あの頃のことを話そうとしない。
誰にとっても辛い思い出だったし、話したところでどうなるものでもない。
死んだハクシュウはじめ隊員たちが生き返るわけでなく、パキト―ポークと会えるわけでもなし。
太陽フレアの脅威から救出してくれたパリサイドに感謝と敬意を表すためにも、昔話は慎んでおくべき。
少なくとも東部方面攻撃隊の隊員にはそんな空気があった。
ライラがまた不満顔をみせた。
「それにしても、どうも、解せないね」
「なにが?」
「スゥの奴」
チョットマとスジーウォンの顔を交互に見て、
「あいつ、おかしいと思わないか」と、声をひそめた。
思ってもみなかった言葉に、チョットマは驚いた。
「おかしい?」
「何か、隠していやがる」
そうだろうか。
スジーウォンは我関せずという顔をして、装備の点検を始めている。
「大体、いつからンドペキを好きになったのか知らないが、あれほど世話を焼くとは」
ニューキーツの洞窟を提供したことを槍玉に挙げている。
「それはまあいいとしよう。もっとおかしいのは、こっちに来てから」
チョットマには、何がおかしいのかわからなかった。
「このところ、あたしはあいつと一緒に行動することが多い。商売する部屋を一緒に探しにね」
「おかしい? どう?」
「知りすぎている」
「何を?」
「街を。パリサイドのことを。そう感じる」
黙っていると、
「ハハハ。あたしよりスゥの方が物知りだっていいじゃない、って顔してるね」
「そういうわけじゃ……」
「年寄りのやっかみさ」
ライラが今日初めて、嬉しそうに笑った。
ライラは、レイチェルに知らせてくると言い残して部屋を出て行った。
ついて行くというチョットマを押し留めて、カプセルをポケットに滑り込ませた。
「頂いていくよ」
まだ、粉は残ってるからね、もし倒れるようなことがあったら、気を失う前に試してみるさ、と。
ライラが出ていくと、急に力が抜けた。
チョットマはまた、ほんとによかった、と呟いた。
と同時に、足元がぐらついた。
あ
目の前が暗くなり、膝に痛みが走った。
スジーウォンの声が聞こえた。大丈夫か!
そして、身体がふわりと宙に浮いたような気がした。




