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21 赤頭巾ちゃんの残像

 三百人はいるだろう。

 思い思いの格好で踊っている。

 仮面をつけている者、被り物をしている者。

 異国の格好をしている者、動物や怪獣の格好をしている者。


 フロアの周囲でも、グラス片手に多くの人が行き交い、いたるところに人だかりができている。

 ホール係が忙しく歩き回り、あちこちでゲストとぶつかっては飲み物やお菓子を床にぶちまけている。

 おかげで掃除係も忙しい。飛び切り華やかで、ふわりと広がったスカートに真っ白なエプロン姿でモップを振り回している。



 誰もが、顔を見られることのない開放感に支配されていた。

 音楽は大になり小になり、波を打ってテンポを変えては場を盛り上げる。

 得もいえぬフローラルの香りが立ち込めている。

 スポットライトこそないが、ろうそくの明かりが揺らめいて、幸せなひと時を照らし出していた。

 稀に怒声も聞こえるが、人々は笑いさざめき、歌う者、踊る者、演説する者、抱擁する者、おどけてみせる者、とんぼ返りをしてみせる者と、渾然一体として宮殿を揺るがしていた。



 二階、三階も事情は同じ。

 娘達がかわいい声を上げて走り回り、恋の予感に笑い転げていた。

 貴賓席から身を乗り出している狼男がいるかと思えば、遠く日本の武将の甲冑で身を固めた御仁も見受けられた。




 チョットマは……。



 おっ。

 やってるな。


 自分の娘は、こんな人ごみの中でも不思議と見つけられる。

 そこだけひときわ輝いているかのように。


 いいぞ!

 うまい!

 習ったこともない、いやほとんど見たことさえないダンスなのに、それなりに回っている。




 イコマはチョットマを連れて来てよかった、と胸に熱いものが押し寄せてくるのを感じた。

 パパだ、娘だといいながら、こんな風に楽しむことは今までなかった。

 あのコンフェッションボックスの偽物の部屋で、少しだけ話をするだけが二人の関係だった。


 フライングアイ姿でチョットマに連れて行ってもらったピクニック。

 東部方面攻撃隊の作戦に紛れ込んで。

 あれだけが、唯一の「遊び」だったのではないだろうか。


 何もしてやっていない。

 父親らしいことを。

 楽しいことを。

 そんな思いが拭えなかったのである。



 今、妙な扮装の男と踊っているチョットマを見て、仮面の中の目が潤んでくるのは仕方のないことだった。

 昔、アヤちゃんと始めて会った頃、娘を持つ父親の気持ちが少しだけ分かったような気がしたものだ。

 今も、その喜びを少しだけ感じている……。


 本当の喜びはきっともっと大きいはず。 

 それをいつかチョットマと、そしてアヤと分かち合える日が来る。

 そう思うと、胸に押し寄せたものは、さらにその熱を増すのだった。




 んっ。

 隣の貴賓席の女性と目があった。


 会釈でもするべきか、と思う間もなく、相手はさっと顔を引っ込めてしまった。

 赤頭巾ちゃんの残像を残して。

 同じようにバーチャルを楽しんでいる人だろうか。

 それとも、仮想の中の演出キャスト?


 どちらでもいい。

 イコマは、フロアでくるくる回っているアラビアのお姫様だけを見つめた。




 貴人、蛮人、美人、獣人、麗人、仙人、妖人の群れに混じって踊るチョットマ。

 はじけるような楽しさがここまで伝わってくる。

 と、そこにバレリーナ達がなだれ込んできた。

 大粒の真珠をぶちまけたように。


 転がる真珠に道を開けようと、人々が引いていく。

 レストタイム。

 パートナーを変えるチャンスだよ、と。


 チョットマは戻って来ないだろうな。

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